中世からのルネサンスと宗教改革の流れと動き
事前に読むと理解が深まる記事
※中世までのヨーロッパ文化・・ローマ=カトリック教会の影響が強かった
→しかし、中世末期に教会の権威が衰えた
=その結果、神に仕える生き方から、人間の個性や自由を求める考え方が生まれた
※個性や自由を求める考えのベースは、古代ギリシア・ローマ文化だった
→このように、古代文化を復興させ、自分たちの生き方に役立てようとした運動をルネサンスという
ルネサンスによって、以下のようなことが起きた
・レオナルド=ダ=ヴィンチやミケランジェロなどの芸術家が出てきた
・三大発明(火薬、羅針盤、活版印刷)が誕生した
※火薬(火砲)・・剣で戦う騎士の没落をはやめた
※羅針盤・・海外への進出を容易にした
※活版印刷術・・聖書の普及をはやめ、宗教改革に貢献した(グーテンベルク)
ルネサンスが最盛期を迎えた時に、ドイツでルターの宗教改革が始まった
※ルターは、贖宥状(信者の罪を免除する証書)と教皇の権威を否定して、聖書だけ信仰することを求めた
→ルターの動きに対して、教会の権力に不満を持っていた諸侯や民衆も、聖書で社会を変えようとした(プロテスタント)
※ただしルターは、人々の急激な運動を否定したため、民衆の急激な運動を武力でおさえつけた
また、カルヴァンという人が、スイスで宗教改革を始めた
→カルヴァンは予定説を提唱し、富を蓄積することを肯定した
※予定説・・魂が救われるかどうかは、前もって定められているという考え方のこと
=この予定説をもとに、禁欲的に労働を行うことが神の意志にかなうと考えた
※予定説は、西欧の商工業者に受け入れられた
※西欧の商工業者は、富を蓄えることを教会から非難されていたために、蓄財を認める予定説を支持した
宗教改革に対して、ローマ=カトリック教会は自分たちの動きを反省した
→その後、教会が教皇の権威を再確認した
=その結果、聖職者の規律を正して、宗教改革の普及を食い止めようとした(=対抗宗教改革)
※対抗宗教改革のために、イエズス会という組織が作られた
→イエズス会は、世界各地で布教活動を行って、カトリックの信仰を普及させた
※この布教活動はアジアにも広がった
→そのため、1549年にはフランシスコ=ザビエルが日本で布教を始めた