<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>アラエス &#187; 宗教改革</title>
	<atom:link href="http://ahlaes.com/post/tag/%e5%ae%97%e6%95%99%e6%94%b9%e9%9d%a9/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ahlaes.com</link>
	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
	<lastBuildDate>Thu, 23 Oct 2025 02:10:23 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.8.41</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/tag/%e5%ae%97%e6%95%99%e6%94%b9%e9%9d%a9/feed" />
	<item>
		<title>中世からのルネサンスと宗教改革の流れと動き</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2488</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2488#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 11 Feb 2014 05:03:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[イエズス会]]></category>
		<category><![CDATA[カトリック]]></category>
		<category><![CDATA[カルヴァン]]></category>
		<category><![CDATA[プロテスタント]]></category>
		<category><![CDATA[ルター]]></category>
		<category><![CDATA[ルネサンス]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ＝カトリック]]></category>
		<category><![CDATA[三大発明]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[対抗宗教改革]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=2488</guid>
		<description><![CDATA[※中世までのヨーロッパ文化・・ローマ＝カトリック教会の影響が強かった →しかし、中世末期に教会の権威が衰えた ＝その結果、神に仕える生き方から、人間の個性や自由を求める考え方が生まれた ※個性や自由を求める考えのベースは [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2488">中世からのルネサンスと宗教改革の流れと動き</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>※中世までのヨーロッパ文化・・<strong>ローマ＝カトリック教会</strong>の影響が強かった</p>
<p>→しかし、中世末期に<strong>教会の権威が衰えた</strong></p>
<p>＝その結果、神に仕える生き方から、<strong>人間の個性や自由を求める考え方</strong>が生まれた</p>
<p>※個性や自由を求める考えのベースは、<strong>古代ギリシア・ローマ文化</strong>だった</p>
<p>→このように、古代文化を復興させ、自分たちの生き方に役立てようとした運動を<strong>ルネサンス</strong>という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ルネサンスによって、以下のようなことが起きた</p>
<p>・<strong>レオナルド＝ダ＝ヴィンチ</strong>や<strong>ミケランジェロ</strong>などの芸術家が出てきた</p>
<p>・<strong>三大発明</strong>（火薬、羅針盤、活版印刷）が誕生した</p>
<p>※火薬（火砲）・・剣で戦う騎士の没落をはやめた</p>
<p>※羅針盤・・海外への進出を容易にした</p>
<p>※活版印刷術・・聖書の普及をはやめ、宗教改革に貢献した（<strong>グーテンベルク</strong>）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ルネサンスが最盛期を迎えた時に、ドイツで<strong>ルター</strong>の<strong>宗教改革</strong>が始まった</p>
<p>※ルターは、<span style="text-decoration: underline">贖宥状（信者の罪を免除する証書）と教皇の権威を否定</span>して、<strong>聖書だけ信仰すること</strong>を求めた</p>
<p>→ルターの動きに対して、教会の権力に不満を持っていた諸侯や民衆も、聖書で社会を変えようとした（<strong>プロテスタント</strong>）</p>
<p>※ただしルターは、人々の急激な運動を否定したため、民衆の急激な運動を武力でおさえつけた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、<strong>カルヴァン</strong>という人が、スイスで宗教改革を始めた</p>
<p>→カルヴァンは<strong>予定説</strong>を提唱し、富を蓄積することを肯定した</p>
<p>※予定説・・魂が救われるかどうかは、前もって定められているという考え方のこと</p>
<p>＝この予定説をもとに、禁欲的に労働を行うことが神の意志にかなうと考えた</p>
<p>※予定説は、西欧の商工業者に受け入れられた</p>
<p>※西欧の商工業者は、富を蓄えることを教会から非難されていたために、蓄財を認める予定説を支持した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>宗教改革に対して、ローマ＝カトリック教会は自分たちの動きを反省した</p>
<p>→その後、教会が教皇の権威を再確認した</p>
<p>＝その結果、聖職者の規律を正して、宗教改革の普及を食い止めようとした（＝<strong>対抗宗教改革</strong>）</p>
<p>※対抗宗教改革のために、<strong>イエズス会</strong>という組織が作られた</p>
<p>→イエズス会は、世界各地で布教活動を行って、カトリックの信仰を普及させた</p>
<p>※この布教活動はアジアにも広がった</p>
<p>→そのため、1549年には<strong>フランシスコ＝ザビエル</strong>が日本で布教を始めた</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2488">中世からのルネサンスと宗教改革の流れと動き</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/2488/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/2488" />
	</item>
		<item>
		<title>西洋の中世から近世への変革②　－宗教改革・ルターとカルヴァン－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1643</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1643#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 21:10:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[95カ条の意見書]]></category>
		<category><![CDATA[イグナティウス]]></category>
		<category><![CDATA[カルヴァン]]></category>
		<category><![CDATA[ルター]]></category>
		<category><![CDATA[万人司祭主義]]></category>
		<category><![CDATA[予定説]]></category>
		<category><![CDATA[信仰義認説]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[聖書中心主義]]></category>
		<category><![CDATA[職業召命観]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1643</guid>
		<description><![CDATA[宗教改革について考えてみます &#160; &#160; ・ルターと宗教改革について 　・ルターは中世の教会の状況に違和感を感じていた 　　 　　※中世のカトリック教会の状況 　　　→・教皇（ローマ・カトリック教会で最も [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1643">西洋の中世から近世への変革②　－宗教改革・ルターとカルヴァン－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>宗教改革について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ルターと宗教改革について</p>
<p>　・ルターは中世の教会の状況に違和感を感じていた</p>
<p>　　</p>
<p>　　※中世のカトリック教会の状況</p>
<p>　　　→・教皇（ローマ・カトリック教会で最も位が高い人のこと）を頂点とした</p>
<p>　　　　　ピラミッド型のヒエラルキー（位階制）だったため、</p>
<p>　　　　　人間の自由よりも、上下関係を重視した</p>
<p>　　　　・このような状況の影響により、人々は信仰する時の純粋さを段々と失っていった</p>
<p>　　　　・中世の終わりのほうでは、罪を金銭によって解決できるとして、</p>
<p>　　　　　贖宥状（免罪符）が売られるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→このような状況に違和感を持っていたルターは、教会の様子に抗議して、</p>
<p>　　１５１７年に「９５カ条の意見書（論題）」というものを教会の扉に張り出した</p>
<p>　　＝これが宗教改革のスタートだと言われている</p>
<p>　　　※ルターの考え方と行動は、当時苦しんでいたドイツの農民などに支持された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・ルターの考え方</p>
<p>　　→・信仰義認説・・神によって正しい人間として認められる（義認）ためには、</p>
<p>　　　　　　　　　　　免罪符を買ったり、教会が作ったルールを守ったり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　というような外的な行動は必要ではなく、</p>
<p>　　　　　　　　　　　個人の内面的な信仰だけが大切だと考えた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・聖書中心主義（福音主義）・・信仰の時に頼りにするものは「聖書」だけで良い、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　という考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　※「聖書」だけが、神の言葉を伝えていると考えたから</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・万人司祭主義・・聖職者の権威を否定して、神を信じる人は</p>
<p>　　　　　　　　　　　　誰でも平等に司祭（カトリック教会の聖職者のこと）に</p>
<p>　　　　　　　　　　　　なれると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ルターの有名な著書に、「キリスト者の自由」というものがある</p>
<p>　　また、宗教改革を受けて自分達の考えを改善した人々（＝反宗教改革の人々）がいて、</p>
<p>　　中心はイグナティウス＝ロヨラという人達だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・カルヴァンについて</p>
<p>　→カルヴァンは、「キリスト教鋼要」というものを書き、</p>
<p>　　ルターの思想をさらに実践的に徹底させた</p>
<p>　</p>
<p>　・カルヴァンの考え方</p>
<p>　　→・神は絶対であって、全ての存在は神の支配で決まっている</p>
<p>　　　　そのため、神に救われるかどうかは、各人の努力や能力は全く関係なく、</p>
<p>　　　　神の意志によって決められていると考えた（＝これを予定説という）</p>
<p>　</p>
<p>　　　※では、自分が神に救われているということは、どうやって感じることができるのか</p>
<p>　　　　→・人間は神の道具だから、人々は神のために働かなくてはいけない</p>
<p>　　　　　　そのため、全ての職業は神から与えられた天職（神の召命）であると考えた</p>
<p>　　　　　　＝これを職業召命観という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→よって、人々は自分の職業に励むことで神がどうやって救うか</p>
<p>　　　　　という予定を知ることができると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※・カルヴァンの考え方は、「職業人（専門人）」とも言われ、</p>
<p>　　　ウェーバーという人の「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」</p>
<p>　　　という本で明らかにされた</p>
<p>　　・カルヴァンの考え方は、イギリスのピューリタニズムに受け継がれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・宗教改革の特徴</p>
<p>　→・心の内面を変えようとした</p>
<p>　　・気持ちの面だけではなく、政治や社会をも変えようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ルターは９５カ条の意見書を張り出し、信仰義認説、聖書中心主義、</p>
<p>　万人司祭主義などを考えた</p>
<p>・カルヴァンは、「キリスト教綱要」を著し、予定説や職業召命観などを考えた　　</p>
<p>・ルネサンスと宗教改革の違い、それぞれの特徴や理想などを押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1643">西洋の中世から近世への変革②　－宗教改革・ルターとカルヴァン－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1643/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1643" />
	</item>
		<item>
		<title>戦国時代のヨーロッパの動き・大航海時代について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1184</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1184#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 23 Oct 2013 18:23:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[世界は仲間]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦国時代・安土桃山時代]]></category>
		<category><![CDATA[イスパニア]]></category>
		<category><![CDATA[コロンブス]]></category>
		<category><![CDATA[ポルトガル]]></category>
		<category><![CDATA[マゼラン]]></category>
		<category><![CDATA[ルネサンス]]></category>
		<category><![CDATA[ヴァスコ＝ダ＝ガマ]]></category>
		<category><![CDATA[中継政策]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[海禁政策]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1184</guid>
		<description><![CDATA[戦国時代のヨーロッパの動きと大航海時代について考えてみます &#160; &#160; ヨーロッパの動きとキリスト教と南蛮貿易について考えてみます &#160; &#160; ・日本が戦国時代だった時のヨーロッパの動きに [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1184">戦国時代のヨーロッパの動き・大航海時代について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦国時代のヨーロッパの動きと大航海時代について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ヨーロッパの動きとキリスト教と南蛮貿易について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本が戦国時代だった時のヨーロッパの動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本が戦国時代の時（１５世紀後半～１６世紀）のヨーロッパでは、</p>
<p>　　ルネサンスと宗教改革があり、近代に移ろうとしていた</p>
<p>　　→その時に、イスラムがヨーロッパの邪魔をしていて、イスラムに対抗するために、</p>
<p>　　　ヨーロッパがキリスト教を広めること、海外との貿易を広げていくことなどを行った</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※具体的にどのような行動があったのか</p>
<p>　　　　・イタリア人のコロンブス</p>
<p>　　　　　→１４９２年に、スペインの女王だったイサベルという人の援助によって</p>
<p>　　　　　　大西洋を渡って、西インド諸島という場所に到着した</p>
<p>　　　　・ポルトガル人のヴァスコ＝ダ＝ガマ</p>
<p>　　　　　　→１４９８年に、アフリカ大陸の南端を回って、</p>
<p>　　　　　　　インドの西海岸のカリカットという場所に到着した</p>
<p>　　　　・ポルトガル人のマゼラン</p>
<p>　　　　　　→１６世紀の初めに、スペインの船団を連れて、アメリカ大陸の南端を回って</p>
<p>　　　　　　　太平洋に出た後、フィリピン諸島に到着して、船団がさらに西側に進んで</p>
<p>　　　　　　　世界一周を達成した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような動きの結果、世界の様々な地域がヨーロッパを中心に交流をする</p>
<p>　　　という時代に入った</p>
<p>　　　＝この時代を大航海時代と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・大航海時代の時の流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・大航海時代のスタートは、イベリア半島の王国だったスペイン（イスパニア）と</p>
<p>　　　ポルトガルだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・スペイン</p>
<p>　　　→・アメリカ大陸に植民地を広げた</p>
<p>　　　　・１６世紀半ばころに、太平洋を渡って東アジアに出てきた</p>
<p>　　　　・フィリピンを占領して、マニラという場所を拠点にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ポルトガル</p>
<p>　　　→・インドの西海岸にあるゴアという場所を拠点にして、東アジアに出てきて</p>
<p>　　　　　中国のマカオを拠点にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　　・当時の東アジア</p>
<p>　　　→・明が海禁政策を行っていた</p>
<p>　　　　　※海禁政策・・その国への朝貢という形での貿易は良いが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　普通の貿易は認めないという、鎖国のような政策の一つのこと</p>
<p>　　　　・環シナ海の国々（中国、朝鮮、日本、琉球、安南（ベトナム）など）は</p>
<p>　　　　　中継貿易を行った</p>
<p>　　　　・ヨーロッパの国が、世界での貿易の一つとして、中継貿易に参加してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦国時代のヨーロッパの動きについておさえる</p>
<p>・大航海時代についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1184">戦国時代のヨーロッパの動き・大航海時代について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1184/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1184" />
	</item>
		<item>
		<title>海外進出するイギリスについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/926</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/926#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 12:17:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス]]></category>
		<category><![CDATA[エリザベス1世]]></category>
		<category><![CDATA[エンクロージャー]]></category>
		<category><![CDATA[ジェントリ]]></category>
		<category><![CDATA[テューダー朝]]></category>
		<category><![CDATA[ドレーク]]></category>
		<category><![CDATA[囲い込み]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[無敵艦隊]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=926</guid>
		<description><![CDATA[近代について、海外進出するイギリスを考えてみます &#160; &#160; ・海外進出するイギリスについて &#160; &#160; 　・イギリスの王朝はテューダー朝のもとで強化された 　　※ただし、統治について国王 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/926">海外進出するイギリスについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>近代について、海外進出するイギリスを考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・海外進出するイギリスについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスの王朝はテューダー朝のもとで強化された</p>
<p>　　※ただし、統治について国王は、議会で地域社会を代表したジェントリ（郷紳）と</p>
<p>　　　呼ばれる大地主の自発的な協力が必要だった</p>
<p>　</p>
<p>　　→１５３０年代の宗教改革で国王は、国内の教会組織の頂点に立った</p>
<p>　　　＝結果的に、１６世紀の後半に新教国としての国民意識が形成された</p>
<p>　　　　※このような改革が、議会立法を通じて達成されたことは、</p>
<p>　　　　　イギリス絶対王政の議会の重要性を示していると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、１５世紀の終わりから、囲い込み（エンクロージャー）が</p>
<p>　　進んで羊毛の生産が増大した</p>
<p>　　※囲い込み・・領主や地主が農地を農民から取り上げて、</p>
<p>　　　　　　　　　生垣や塀で囲い込んで牧場にする動きのこと</p>
<p>　　※１８世紀には、食料の増産のために、第２次囲い込みが行なわれた</p>
<p>　　　→囲い込みの結果、毛織物工業が国民産業になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝１６００年の東インド会社の設立に見られた、エリザベス１世の時代の積極的な海外進出は、</p>
<p>　　議会の動きや囲い込みが背景にあると言われている</p>
<p>　　→その点でイギリスは、連邦制のもとで強い中央権力が弱く、その分、国の繁栄を</p>
<p>　　　中継貿易に依存していたオランダにまさっていたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※イギリスの航海者のドレークという人は、途中でスペインの植民地やスペイン船を攻撃していた　</p>
<p>　　　→この動きを行いつつ、１５７７年から１５８０年にかけて世界周航を達成した</p>
<p>　　　→さらに、無敵艦隊との戦いでも活躍していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・海外進出するイギリスの様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/926">海外進出するイギリスについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/926/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/926" />
	</item>
		<item>
		<title>対抗宗教改革について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/922</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/922#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 11:28:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[イエズス会]]></category>
		<category><![CDATA[イグナティウス＝ロヨラ]]></category>
		<category><![CDATA[フランシスコ＝ザビエル]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[宗教裁判所]]></category>
		<category><![CDATA[対抗宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[禁書目録]]></category>
		<category><![CDATA[魔女狩り]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=922</guid>
		<description><![CDATA[対抗宗教改革について考えてみます &#160; &#160; ・対抗宗教改革について &#160; &#160; 　・宗教改革が進んでいる時に、カトリック教会では、教義を明確にすることと 　　内部の改革を通じて、勢力を建 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/922">対抗宗教改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>対抗宗教改革について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・対抗宗教改革について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・宗教改革が進んでいる時に、カトリック教会では、教義を明確にすることと</p>
<p>　　内部の改革を通じて、勢力を建て直そうとした</p>
<p>　　＝この動きのことを対抗宗教改革（反宗教改革）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・対抗宗教改革として、以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・１５４５年からトリエントで開かれた公会議で、教皇の至上権を再確認するとともに、</p>
<p>　　　　腐敗の防止をはかった</p>
<p>　　　・禁書目録を作った</p>
<p>　　　・宗教裁判所を強化して思想の統制を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、１５３４年にスペインのイグナティウス＝ロヨラという人が</p>
<p>　　フランシスコ＝ザビエルなどと同志を作った</p>
<p>　　→そこで、教皇の許可を受けたイエズス会（ジェズイット教団）は、厳格な規律と組織のもとに、</p>
<p>　　　ヨーロッパだけでなく、海外でも積極的な宣教・教育活動を繰り広げた</p>
<p>　　　＝この動きは、カトリック教会の勢力の回復に貢献したと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この結果、以下のようなことも起きた</p>
<p>　　　・南ヨーロッパへの新教の進出は阻まれた</p>
<p>　　　・南ドイツの多くの地域が新教徒から奪回された</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※海外でのカトリックの布教活動は、「大航海時代」の世界的通商・植民活動と</p>
<p>　　密接なつながりを持っていた</p>
<p>　　→ザビエルが１５４９年に日本に来たのも、その一環だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・対抗宗教改革によって、旧教徒と新教徒の対立がいちだんと激しくなった</p>
<p>　　＝その結果、ヨーロッパの各地で宗教戦争が起こった</p>
<p>　　　→このような社会的な緊張が高まった中で、「魔女狩り」が盛んに行われた地域もあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※魔女狩りについて</p>
<p>　　　・悪魔の手先として魔術を行うとの疑いをかけられたものに対する激しい迫害のこと</p>
<p>　　　・異端迫害の立場を取った</p>
<p>　　　・ヨーロッパでは、１６世紀から１７世紀が最盛期だった</p>
<p>　　　・魔女狩りによって、１０万人以上と言われる人々が殺された</p>
<p>　　　・犠牲者の大半が女性だったが、なかには男性も含まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・対抗宗教改革の内容と流れについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/922">対抗宗教改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/922/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/922" />
	</item>
		<item>
		<title>カルヴァンと宗教改革について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/921</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/921#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 11:23:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[エリザベス1世]]></category>
		<category><![CDATA[カルヴァン]]></category>
		<category><![CDATA[プロテスタント]]></category>
		<category><![CDATA[ヘンリ8世]]></category>
		<category><![CDATA[万人司祭主義]]></category>
		<category><![CDATA[予定説]]></category>
		<category><![CDATA[国王至上法]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[神権政治]]></category>
		<category><![CDATA[長老主義]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=921</guid>
		<description><![CDATA[カルヴァンと宗教改革について考えてみます &#160; &#160; ・カルヴァンと宗教改革について &#160; &#160; 　・スイスでは、ツヴィングリという人がチューリヒで宗教改革を始めるということが起きた 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/921">カルヴァンと宗教改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>カルヴァンと宗教改革について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・カルヴァンと宗教改革について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・スイスでは、ツヴィングリという人がチューリヒで宗教改革を始めるということが起きた</p>
<p>　　→その後、フランスの人文主義者で「キリスト教綱要」を出したカルヴァンという人が</p>
<p>　　　ジュネーヴで独自の宗教改革を行った</p>
<p>　　　※カルヴァンの考えの特徴は、神の絶対主義を強調する厳格な禁欲主義だった</p>
<p>　　　　＝そのため、ジュネーヴでは一種の神権政治が行なわれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・カルヴァンは、「予定説」を提唱した</p>
<p>　　→この考え方が、職業労働を神の栄光をあらわす道と理解する考え方に結びついて、</p>
<p>　　　西欧の商工業者の間で普及した</p>
<p>　　　※予定説・・魂が救われるかどうかは、あらかじめ神によって決定されている</p>
<p>　　　　　　　　　という考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→教会組織の上では、ルターが司教制度を維持したのに対し、</p>
<p>　　　カルヴァンは司教制度を廃止し長老主義を取り入れた</p>
<p>　　　※長老主義・・教会員の中から信仰のあついものを長老に選んで、</p>
<p>　　　　　　　　　　牧師を補佐させる考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・カルヴァン派は、１６世紀の後半にフランス、ネーデルラント、スコットランド、</p>
<p>　　イギリスなどにも広まった</p>
<p>　　※カルヴァン派は、ドイツや北欧などで力のあったルター派とならんで、</p>
<p>　　　無視できないレベルのキリスト教の宗派になった</p>
<p>　　　→新教徒（プロテスタント）という言葉は、ローマ教皇の権威を認めず、</p>
<p>　　　　万人司祭主義の宗派の総称になった</p>
<p>　　　　※万人司祭主義・・聖職者の特権を否定する考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、国王のヘンリ８世が自分の離婚を認めない教皇と対立して宗教改革が始まった</p>
<p>　　→ヘンリ８世は、１５３４年の国王至上法（首長法）で国王が</p>
<p>　　　イギリス国内の教会（国教会）の首長であると宣言してカトリック世界から離脱した</p>
<p>　　→さらに修道院を議会立法で廃止して、その広大な土地財産を没収した</p>
<p>　　　※しかし、教義の面で改革が進んだのは長男のエドワード６世という人の時の社会だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・次の女王のメアリ１世という人は、スペイン王室と結んでカトリックを復活させようとした</p>
<p>　　→しかし、エリザベス１世の時に、１５５９年の統一法で</p>
<p>　　　イギリス独自の教会体制が最終的に確立した</p>
<p>　　　※イギリス国教会は、ほぼカルヴァン主義を採用しているが、</p>
<p>　　　　司教（主教）制を維持することに加えて、儀式の面でも</p>
<p>　　　　昔のルター派に似たような点を残している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・カルヴァンを中心とした宗教改革の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　　　</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/921">カルヴァンと宗教改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/921/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/921" />
	</item>
		<item>
		<title>宗教改革の始まりについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/920</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/920#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 11:18:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[アウクスブルクの和議]]></category>
		<category><![CDATA[シュマルカルデン戦争]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ農民戦争]]></category>
		<category><![CDATA[プロテスタント]]></category>
		<category><![CDATA[ルター]]></category>
		<category><![CDATA[レオ10世]]></category>
		<category><![CDATA[九十五カ条の論題]]></category>
		<category><![CDATA[宗教改革]]></category>
		<category><![CDATA[福音信仰]]></category>
		<category><![CDATA[領邦教会制]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=920</guid>
		<description><![CDATA[宗教改革の始まりについて考えてみます &#160; &#160; ・宗教改革について &#160; 　※カトリック教会への批判は１４世紀ころからすでにみられていた &#160; &#160; 　・１５１７年に、ドイツ中部 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/920">宗教改革の始まりについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>宗教改革の始まりについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・宗教改革について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※カトリック教会への批判は１４世紀ころからすでにみられていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１５１７年に、ドイツ中部のザクセンのヴィッテンベルク大学の神学教授の</p>
<p>　　マルティン＝ルターは、「魂の救いは福音信仰のみによる」という考えから、</p>
<p>　　贖宥状（免罪符）の悪い部分を攻撃する九十五カ条の論題を発表した</p>
<p>　　※福音信仰・・魂の救いは善行にはよらず、キリストの福音を信ずることだけ</p>
<p>　　　　　　　　　だという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時、メディチ家出身の教皇のレオ１０世という人は、ローマのサン＝ピエトロ大聖堂の</p>
<p>　　　新築資金を調達するために、「教会のために喜捨などの善行を積めば、</p>
<p>　　　その功績によって過去におかした罪も赦される」と説明して、贖宥状を売り出していた</p>
<p>　　　※ドイツは、当時は「ローマの牝牛」と言われていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→ルターの論題がドイツ各地に伝えられると、幅広い社会層がルターの論題を支持していた</p>
<p>　　※代表的な支持者に、教皇庁の搾取に反発する諸侯や市民、領主の搾取のもとに</p>
<p>　　　あった農民などがいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１５２１年に、ルターは教皇から破門された</p>
<p>　　→ルターは、皇帝のカール５世にヴォルムスの帝国会議に呼び出されたが、</p>
<p>　　　自分の説を撤回できなかった</p>
<p>　　　＝結果的に、ザクセン選帝侯の保護のもとで「新約聖書」のドイツ語訳を完成した</p>
<p>　　　　※これにより、民衆が直接キリストの教えに接することが出来るようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、ルターの説に影響を受けたミュンツァーという人は、１５２４年～１５２５年に</p>
<p>　　農奴制の廃止などを要求するドイツ農民戦争を指導して、処刑された</p>
<p>　　→ルター自身、最初は農民蜂起に同情的だったが、</p>
<p>　　　やがて農民蜂起を弾圧する諸侯の側にまわった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ザクセン選帝侯をはじめ、ルターの教えを採用した諸侯はカトリック教会の権威から離れ、</p>
<p>　　領内の教会の首長となって（領邦教会制）、修道院の廃止、教会儀式の改革などをすすめた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後のドイツでは、カール５世がイタリア戦争やオスマン帝国による</p>
<p>　　ウイーン包囲などの国際的な情勢のために何度かルター派との妥協にせまられた</p>
<p>　　→そして、旧教徒（カトリック）と新教徒（プロテスタント）との争いは</p>
<p>　　　シュマルカルデン戦争にまで発展した</p>
<p>　　　＝結果的に、１５５５年にアウクスブルクの和議が成立した</p>
<p>　　　　※アウクスブルクの和議で、以下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　　・諸侯はカトリック派とルター派のいずれをも採用できた</p>
<p>　　　　　・領民はそれぞれの諸侯の宗派に従うという原則が確立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そして、ルター派は北欧諸国にも広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・宗教改革の始まりとルターの動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/920">宗教改革の始まりについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/920/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/920" />
	</item>
	</channel>
</rss>
