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	<title>アラエス &#187; 帝国主義</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>第一次世界大戦後の朝鮮と中国の民族運動をまとめてみた</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2474</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2474#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 07 Feb 2014 06:05:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[橋本真夜中]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大正時代]]></category>
		<category><![CDATA[三・一独立運動]]></category>
		<category><![CDATA[中国共産党]]></category>
		<category><![CDATA[中国国民党]]></category>
		<category><![CDATA[五・四運動]]></category>
		<category><![CDATA[同化]]></category>
		<category><![CDATA[孫文]]></category>
		<category><![CDATA[封建主義]]></category>
		<category><![CDATA[帝国主義]]></category>
		<category><![CDATA[蒋介石]]></category>

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		<description><![CDATA[大戦後の朝鮮と中国の民族運動について →代表的なものとして、三・一独立運動と五・四運動があげられる &#160; &#160; 日本の植民地とされた朝鮮の人たちは、1919年3月1日に、ソウルなどの都市で朝鮮の独立を宣言 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2474">第一次世界大戦後の朝鮮と中国の民族運動をまとめてみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>大戦後の朝鮮と中国の民族運動について</p>
<p>→代表的なものとして、<strong>三・一独立運動</strong>と<strong>五・四運動</strong>があげられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日本の植民地とされた朝鮮の人たちは、1919年3月1日に、<strong>ソウル</strong>などの都市で朝鮮の独立を宣言した</p>
<p>※運動自体は、平和的に非暴力で進められた</p>
<p>→日本は、軍隊や警察の力で運動を弾圧した</p>
<p>→日本の弾圧に対して、朝鮮の人々は各地で立ち上がり、独立運動が朝鮮全体に広がっていった</p>
<p>※日本が朝鮮をおさえつけていたため、多くの犠牲者が出た</p>
<p>→結果的に、運動は3カ月にわたって続けられ、約200万人が参加し、自由と独立を求める朝鮮の力を内外に示した</p>
<p>＝これら一連の独立運動を、三・一独立運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※三・一独立運動の後、学校での朝鮮語の授業がだんだん少なくなり、<strong>日本への同化</strong>が進められた</p>
<p>※1929年に朝鮮で、日本人の中学生が朝鮮人の女学生を侮辱した、という出来事によって、争いが起きたが、結果的に朝鮮人学生ばかりが非難された</p>
<p>→この非難をきっかけに、再び日本の支配に反対する運動が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1919年5月4日に中国で、<strong>ペキン</strong>の学生が日本の侵略に反対する運動を起こした</p>
<p>※この時に、労働者や商人もストライキで参加した</p>
<p>→結果的にこの運動は、外国の<strong>帝国主義</strong>と国内の<strong>封建主義</strong>に反対する革命運動になって、各地に広がった</p>
<p>＝これら一連の運動を、五・四運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※この時に<strong>孫文</strong>が<strong>中国国民党</strong>を作って、革命運動を進めた</p>
<p>→この勢いもあって、労働者や農民の運動も高まり、1921年に<strong>中国共産党</strong>が作られた</p>
<p>＝孫文は結果的に、ソ連や中国共産党と手を結んで、革命運動を発展させた</p>
<p>※ただし、孫文が死ぬということが起きた</p>
<p>→その後、<strong>国民党</strong>の<strong>蒋介石</strong>は、資本家や地主、外国の勢力などと手を結んだ</p>
<p>＝結果的に1927年に、ナンキンに国民政府を作って、中国共産党と対立した</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2474">第一次世界大戦後の朝鮮と中国の民族運動をまとめてみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>資本主義と歴史との関係について　－歴史的な流れとケインズ－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1715</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1715#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 19:18:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の種類と概要]]></category>
		<category><![CDATA[ケインズ]]></category>
		<category><![CDATA[ニューディール政策]]></category>
		<category><![CDATA[修正資本主義]]></category>
		<category><![CDATA[労働運動]]></category>
		<category><![CDATA[帝国主義]]></category>
		<category><![CDATA[技術革新]]></category>
		<category><![CDATA[株式会社制度]]></category>
		<category><![CDATA[産業革命]]></category>
		<category><![CDATA[規模の利益]]></category>
		<category><![CDATA[資本主義]]></category>

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		<description><![CDATA[資本主義について、歴史的な流れとケインズについて考えてみます &#160; &#160; ・資本主義と歴史との関係について &#160; 　・資本主義経済は、世界レベルの規模で広がっていった 　　※多くの国が産業革命を起 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1715">資本主義と歴史との関係について　－歴史的な流れとケインズ－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>資本主義について、歴史的な流れとケインズについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・資本主義と歴史との関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・資本主義経済は、世界レベルの規模で広がっていった</p>
<p>　　※多くの国が産業革命を起こしたことが理由として挙げられる</p>
<p>　　　→１８世紀後半・・イギリスで産業革命が起きた</p>
<p>　　　　１９世紀半ば・・フランス</p>
<p>　　　　１９世紀後半・・ドイツやアメリカ</p>
<p>　　　　日清戦争（１８９４年～１８９５年）の後・・日本</p>
<p>　　　</p>
<p>　・資本主義が進んでいくと、イギリスなどで労働条件が厳しくなっていった</p>
<p>　　→そこで、労働条件の改善のために、労働者が資本家と対立することが多くなり、</p>
<p>　　　様々な場所で労働運動が起きた</p>
<p>　　　＝結果的に、政府は労働運動は抑えたが、工場法などの労働立法を行って</p>
<p>　　　　労働者を保護することになった</p>
<p>　　　　※労働運動・・労働者が労働条件の改善などを目指して行う運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・資本主義が大きくなっていくにつれて、企業どうしの競争が激しくなり、</p>
<p>　　過剰生産になることが何度かあった</p>
<p>　　※過剰生産・・需要量よりも多く生産すること</p>
<p>　　　　　　　　　→過剰生産が広がっていくと、不況になると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今までは無かったのに、１９世紀後半から、様々な国で周期的に不況になることがあった</p>
<p>　　→そのため、不況である国内ではモノが売れず、モノを売るために、</p>
<p>　　　市場を海外に狙うようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→企業が過剰生産のモノを売る市場として海外を狙うようになったため、</p>
<p>　　　・・国が軍事を使って、植民地の獲得を目指すようになっていった</p>
<p>　　　　　＝この動きを帝国主義と言う</p>
<p>　　　　　※植民地は、原料を得たり、商品を売るための場所にしたりすることができるので、</p>
<p>　　　　　　貴重だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このように、海外を目指したので、国と国が対立するようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９世紀の後半から、２０世紀の前半くらいまで、技術革新（イノベーション）が起きた</p>
<p>　　※技術革新・・技術が進歩していって、その技術が経済に使われるようになる過程のこと</p>
<p>　　→技術革新の時に、繊維や鉄鋼だけでなく、自動車や原子力の新しい技術などの</p>
<p>　　　産業が生まれたので、企業は、いつも新しいものを追いかける</p>
<p>　　　というスタンスを取るようになった</p>
<p>　　　＝この動きを、シュンペーターという人が、「創造的破壊」と名づけ、推進して、</p>
<p>　　　　技術革新の重要性を主張した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・技術革新によって、モノを大量に作ることができるようになった</p>
<p>　　→そのため、大量生産が規模の利益の視点から、企業が大きくなっていく方向に</p>
<p>　　　なっていくのを促した</p>
<p>　　　※規模の利益・・企業の規模が大きいほど効率が良くなって、モノ１つあたりのコストが</p>
<p>　　　　　　　　　　　　小さくなるという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※企業の規模を大きくしていくためには、大量の資金が必要だった</p>
<p>　　＝大量の資金を集めるための方法として、株式会社制度が使われるようになった</p>
<p>　　　※株式会社制度・・株式を作って、投資家に株式を買ってもらい、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　その代金で事業を行う制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→株式会社制度は、産業の独占化を引き起こすことになった</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　と言われている</p>
<p>　　　※産業の独占化・・ある産業の分野を、１つの企業が独占すること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・資本主義経済について、アメリカの経済学者のヴェブレンという人が意見を述べた</p>
<p>　　→ヴェブレンは、資本主義では、価値のあるモノを生産する活動（＝産業）は、</p>
<p>　　　利潤を目的とする営業活動（＝ビジネス）のための材料として使われていて、</p>
<p>　　　広告や宣伝などの費用が無駄だと指摘した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・資本主義の変化の流れとケインズについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦争の期間中は、</p>
<p>　　資本主義の大きな転換期だったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２９年について</p>
<p>　　→１９２９年にアメリカで大恐慌（世界恐慌）が起きて、</p>
<p>　　　世界全体で資本主義経済が危機にぶつかったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そこで、アメリカのルーズベルト大統領という人が、</p>
<p>　　　ニューディール政策という政策で不況を克服しようとした</p>
<p>　　　※ニューディール政策・・公共事業を増やしたり、農業調整法を作ったりするなど、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　景気をよくするために様々な政策を行うこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ケインズについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ケインズという人は、不況の原因は有効需要の不足だと考えた</p>
<p>　　　※有効需要・・実際にお金を使う範囲内での需要のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ケインズは、不況を抜け出して、完全雇用（働く意志のある人が全員働くことが</p>
<p>　　　できる状態のこと）にするために・・</p>
<p>　　　→政府が放任をすることを辞めて、政府が財政政策や金融政策を</p>
<p>　　　　積極的に行う必要があると考えた</p>
<p>　　　　＝このように、政府が自由放任から抜けて、政府が大きな役割を担う資本主義を</p>
<p>　　　　　修正資本主義と言う</p>
<p>　　　　　※ケインズの考え方では、政府は景気の安定を目指すだけでなく、</p>
<p>　　　　　　社会保障や社会福祉の部分も行うべきとしている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・資本主義の歴史的な流れを押さえる</p>
<p>・ケインズの考え方を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1715">資本主義と歴史との関係について　－歴史的な流れとケインズ－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>社会主義の展開と各国の動きについて　－社会主義はどのように考えられていったのか－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1659</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1659#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 07:54:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[ウェッブ夫妻]]></category>
		<category><![CDATA[ゴルバチョフ]]></category>
		<category><![CDATA[バーナード＝ショウ]]></category>
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		<category><![CDATA[帝国主義]]></category>
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		<category><![CDATA[社会主義]]></category>

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		<description><![CDATA[社会主義の展開について考えてみます &#160; &#160; &#160; ※社会主義が様々な形になっていくまでの背景について 　・１９世紀後半に、社会主義は世界的に広まっていった 　・一方で、資本主義が新しくなってい [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1659">社会主義の展開と各国の動きについて　－社会主義はどのように考えられていったのか－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会主義の展開について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※社会主義が様々な形になっていくまでの背景について</p>
<p>　・１９世紀後半に、社会主義は世界的に広まっていった</p>
<p>　・一方で、資本主義が新しくなっていき、資本主義の中でも「帝国主義」が展開されていった</p>
<p>　　※帝国主義・・各国が市場を得るために、植民地を取る争いをする、という動きのこと</p>
<p>　・労働運動が活発になり、言論の自由や選挙権の拡大など、</p>
<p>　　労働者の環境が少しずつ変わるようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような状況で、社会主義が様々な形になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イギリスの社会主義</p>
<p>　→代表的な人達として、ウェッブ夫妻やバーナード＝ショウなどが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ウェッブ夫妻やバーナード＝ショウについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ウェッブ夫妻が中心となり、バーナード＝ショウがサポートする形で、</p>
<p>　　　フェビアン協会というものが作られた</p>
<p>　　</p>
<p>　　　→フェビアン協会は、功利主義の影響を受け、利潤の再分配、福祉の充実、</p>
<p>　　　　重要な産業の国有化などを行って</p>
<p>　　　　資本主義の良くない部分を少しずつ改善していこうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※フェビアン協会は、マルクスの革命の理論に対して、</p>
<p>　　　　知識のある人による指導を受けつつ、議会を使って平和に社会を変えていく、</p>
<p>　　　　という考え方の立場に立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→このような、フェビアン協会のような考え方をフェビアニズムと言い、</p>
<p>　　イギリスの労働党に受け継がれていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドイツの社会主義について</p>
<p>　→代表的な人にベルンシュタインという人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ベルンシュタインは、マルクス主義を発展させていくためには、</p>
<p>　　マルクスの考え方を修正していくべきだと考えた</p>
<p>　　＝このような考え方を修正マルクス主義という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ベルンシュタインは、政治の仕組みが民主的になり、労働者の地位が上がった国では、</p>
<p>　　突然の革命ではなく、労働者階級の人達が議会で多くを得ることで、</p>
<p>　　着実に社会主義へと向かっていくのが良いと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→このような、ベルンシュタインの考え方は、ドイツ社会民主党に受け継がれていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロシアの社会主義について</p>
<p>　→代表的な人に、レーニンとゴルバチョフという人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・レーニンについて</p>
<p>　　・レーニンは、資本主義の社会でどれだけ民主化が進んでも階級による対立が</p>
<p>　　　無くならなければ、社会主義になることは無理だと考えた</p>
<p>　　　→そこでレーニンは、労働者階級の代表だった共産党に独裁をさせることによって</p>
<p>　　　　社会主義にしていこうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ゴルバチョフについて</p>
<p>　　・ゴルバチョフは、自分を中心に１９８５年にペレストロイカを行った</p>
<p>　　　→しかし、ペレストロイカは、結果的に社会主義体制を</p>
<p>　　　　根本から崩すことになってしまった</p>
<p>　　　　※ペレストロイカ・・ゴルバチョフを中心にして行われた社会主義の立て直しのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝結果的に、１９８９年から９１年にかけて、東欧とソ連の社会主義体制が終了した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中国の社会主義について</p>
<p>　→代表的な人に孫文と毛沢東という人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・孫文は三民主義を提唱し、「革命、いまだ成らず」という言葉を残して亡くなった</p>
<p>　　→その後、毛沢東が革命運動の中心になり、毛沢東の指導によって</p>
<p>　　　１９４９年に中華人民共和国が作られ、中国が独自の社会主義へと向かって行った</p>
<p>　　</p>
<p>　　※三民主義・・民族主義（民族の自覚を高めること）、民権主義（人民主権にすること）、</p>
<p>　　　　　　　　　民生主義（人々の生活を向上させるために社会主義的な政策を行うこと）の</p>
<p>　　　　　　　　　３つをまとめた呼び方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ウェッブ夫妻とバーナード＝ショウらによって、フェビアン協会が作られ、</p>
<p>　少しずつ社会主義にしようと考えた</p>
<p>　→この考え方は、イギリスの労働党に受け継がれた</p>
<p>・ベルンシュタインは、修正マルクス主義を提唱し、革新的ではなく、</p>
<p>　着実に社会主義へ向かっていくべきだと考えた</p>
<p>　→この考え方は、ドイツ社会民主党に受け継がれた</p>
<p>・レーニンは、階級の対立が無くなれば資本主義から社会主義になると考えた</p>
<p>　→そこで、労働者階級の共産党に独裁をさせた</p>
<p>・ゴルバチョフらは、ペレストロイカを行ったが、社会主義を崩すまでのものになってしまった</p>
<p>・孫文が三民主義を提唱し、その後毛沢東が革命運動の中心になって、中華人民共和国を作った</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1659">社会主義の展開と各国の動きについて　－社会主義はどのように考えられていったのか－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>地域の視点からのアフリカの考察</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1447</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1447#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 31 Oct 2013 16:43:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地図と地域から考える現代世界]]></category>
		<category><![CDATA[アフリカ]]></category>
		<category><![CDATA[プランテーション]]></category>
		<category><![CDATA[モノカルチャー]]></category>
		<category><![CDATA[一次産品]]></category>
		<category><![CDATA[商品作物]]></category>
		<category><![CDATA[奴隷貿易]]></category>
		<category><![CDATA[帝国主義]]></category>
		<category><![CDATA[後発発展途上国]]></category>
		<category><![CDATA[所得格差]]></category>
		<category><![CDATA[栽培技術]]></category>

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		<description><![CDATA[地域の視点からアフリカを考えてみます &#160; &#160; ・アフリカの地域区分について &#160; &#160; 　・アフリカは、所得格差が大きく、一部の富裕層が総所得のほとんどを持っている 　　という現状があ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1447">地域の視点からのアフリカの考察</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>地域の視点からアフリカを考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アフリカの地域区分について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アフリカは、所得格差が大きく、一部の富裕層が総所得のほとんどを持っている</p>
<p>　　という現状がある</p>
<p>　　→さらにアフリカは、低所得者の割合が高い国と、後発発展途上国とが一致する傾向がある</p>
<p>　　　※この一致する傾向は、多くが赤道をはさんだ赤道の中央部で見られる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、アフリカの中でも、貧困層が比較的少ない国は地中海沿岸と</p>
<p>　　南アフリカ共和国に分かれている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・総人口に占める黒人人口比率が高い地域は、低所得者が多いという傾向がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝これらの特徴を考えるとアフリカは、北アフリカ、中南アフリカ、南アフリカに</p>
<p>　　　区分することが出来る</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・地域による産業の違い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・北アフリカの国々や南アフリカ共和国は、原油や鉄鉱石などの地下資源が多いため、</p>
<p>　　工業の発達が見られる</p>
<p>　　→一方で、中南アフリカは経済に占める農業の割合が高い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・北アフリカのリビアや南アフリカ共和国は、エネルギー資源や鉱山資源、</p>
<p>　　工業製品などの輸出が多い</p>
<p>　　→一方で、中南アフリカのコートジボワールやエチオピアでは、</p>
<p>　　　カカオやコーヒーなどの一次産品の輸出割合が高い</p>
<p>　　　※一般的に、一次産品は付加が小さく、農地の所有が独占されやすいという特徴がある</p>
<p>　　　　＝そのため、一次産品を中心にしている国は、大きな所得格差や貧困を生みやすい</p>
<p>　　　　　と言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→独立後の中南アフリカは、輸出用の商品作物に力を入れるしか自立への道が無かった</p>
<p>　　　＝そのため、灌漑施設の整備の遅れや、栽培技術の改良の遅れなどが出てきてしまい</p>
<p>　　　　食料の増産が進まなかった</p>
<p>　　　　※このようにして、食料の増産が進まなかったことも、</p>
<p>　　　　　アフリカに貧困層が多い原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アフリカの植民地支配の影響</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※アフリカの貧困の原因の一つに、１６世紀からの奴隷貿易、帝国主義時代のヨーロッパの</p>
<p>　　植民地支配などがある</p>
<p>　　→特に、黒人が主に住んでいた中南アフリカは、３００年もの奴隷貿易の結果、</p>
<p>　　　人口が大幅に減少し、今まであった固有の文化と社会が壊れてしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第一次世界大戦が始まる時に独立していた国は、エチオピア、リベリア、</p>
<p>　　南アフリカ連邦だけだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ヨーロッパの植民地になった多くの地域では、熱帯特有の商品作物や、</p>
<p>　　工業の原料の供給地として使われた</p>
<p>　　※このような歴史的背景が、プランテーションやモノカルチャー経済を残している原因の</p>
<p>　　　一つだとされている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アフリカは、１９６０年代をピークに多くの独立国が出てきたが、</p>
<p>　　社会、経済、文化などの様々な面で現在もヨーロッパの影響を受けている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・北アフリカのイスラームの国々以外は、旧宗主国の言語が多くの国で</p>
<p>　　公用語として使われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・貿易の面でも、ヨーロッパに大きく依存する国がかなり多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アフリカの課題</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ヨーロッパの植民地支配の結果、アフリカで国境線が民族の分布と関係なく引かれた</p>
<p>　　→実際に、同じ民族が分断される、対立する民族が一つの国にまとめられる、</p>
<p>　　　などということが起きた</p>
<p>　　　※そのため、内戦の原因を抱え、政情が不安定な国も多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アフリカでは、以下のような理由でも、貧富の格差が生まれていると言われている</p>
<p>　　→・内戦が原因で食料の増産に力を入れることが出来ない</p>
<p>　　　・独裁政権の上の人達が利益を自分達のために蓄積する</p>
<p>　　　・特定の民族集団による経済的な特権が発生している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・現在それぞれの国は、国民の教育の充実によって人材育成を行い、</p>
<p>　　工業化を促すという努力をしている</p>
<p>　　※しかし、構造の問題など、自分の国だけで対応できない問題が多い</p>
<p>　　　→そのため、先進国が効果的に援助することが期待されている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・アフリカの地域区分についておさえる</p>
<p>・地域による産業の違いをおさえる</p>
<p>・アフリカの植民地支配の影響をおさえる</p>
<p>・アフリカの課題をおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1447">地域の視点からのアフリカの考察</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>第2インターナショナルについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1000</link>
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		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 05:17:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス労働党]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ社会民主党]]></category>
		<category><![CDATA[マルクス主義]]></category>
		<category><![CDATA[帝国主義]]></category>
		<category><![CDATA[社会主義思想]]></category>
		<category><![CDATA[第1インターナショナル]]></category>
		<category><![CDATA[第2インターナショナル]]></category>
		<category><![CDATA[軍国主義]]></category>

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		<description><![CDATA[第２インターナショナルについて考えてみます &#160;    ・第２インターナショナルについて &#160; &#160; 　※第１インターナショナルは、少数の革命家や思想家が中心だった 　　→しかし、１８７０年代にこ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1000">第2インターナショナルについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>第２インターナショナルについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>  </p>
<p>・第２インターナショナルについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第１インターナショナルは、少数の革命家や思想家が中心だった</p>
<p>　　→しかし、１８７０年代にこの組織は解散してしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、欧米の先進国で大衆的労働運動や社会主義運動が勢力を伸ばしてきた</p>
<p>　　→そのため、マルクス主義が社会主義思想の中心になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８８９年に、パリで各国の労働運動組織を集めた新しい国際的連帯組織として、</p>
<p>　　第２インターナショナル（第２インター）が作られた</p>
<p>　　</p>
<p>　　※第２インターナショナルについて</p>
<p>　　　・第２インターでは、ドイツ社会民主党が中心になった</p>
<p>　　　・ドイツが、フランス社会党、イギリス労働党などと協力した</p>
<p>　　　　→これらの人達が、帝国主義や軍国主義への反対運動を起こして、</p>
<p>　　　　　８時間労働などの労働条件の改善を訴えた</p>
<p>　　　　　※しかし、社会主義者のなかにも植民地統治を認めたり、</p>
<p>　　　　　　自国の利害を重視する傾向が見られるようになった</p>
<p>　　　　　　＝そのため、第２インターナショナルの結束が乱れ始めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・第２インターナショナルについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1000">第2インターナショナルについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>帝国主義時代のアメリカについて</title>
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		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 05:01:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[ウィルソン]]></category>
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		<category><![CDATA[セオドア＝ローズヴェルト]]></category>
		<category><![CDATA[ドル外交]]></category>
		<category><![CDATA[反トラスト法]]></category>
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		<description><![CDATA[帝国主義時代のアメリカについて考えてみます &#160; &#160; ・アメリカについて &#160; &#160; 　・アメリカの工業力は、１９世紀の終わりまでに、世界のトップになるまでに発展した &#160; 　・ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/999">帝国主義時代のアメリカについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>帝国主義時代のアメリカについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アメリカについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカの工業力は、１９世紀の終わりまでに、世界のトップになるまでに発展した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国内でフロンティアが消滅するにつれて、海外への進出を目指す帝国主義政策を</p>
<p>　　求める声が出てきた</p>
<p>　　→共和党のマッキンリー大統領は、１８９８年にアメリカ＝スペイン戦争（米西戦争）に</p>
<p>　　　勝利して、カリブ海や太平洋のスペイン領植民地を獲得したことで、</p>
<p>　　　海外進出の足場を築いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８９９年に、当時の国務長官のジョン＝ヘイという人が、</p>
<p>　　中国での門戸開放の原則の承認を各国に要求した</p>
<p>　　→この動きによって、アメリカの中国市場への進出をはかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・マッキンリー大統領を受け継いだ共和党のセオドア＝ローズヴェルト大統領という人が、</p>
<p>　　以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・国内で１８９０年に反トラスト法という法律を作って、</p>
<p>　　　　大企業が市場を支配することを阻止した</p>
<p>　　　・革新主義の流れに沿った改革を行っていった</p>
<p>　　　・海外で、中米諸国に何度か武力干渉を行った（これを棍棒外交という）</p>
<p>　　　・パナマ運河の建設を始めた</p>
<p>　　　　＝セオドア＝ローズヴェルトは、積極的なカリブ海政策を推進していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１３年に、ウィルソンという人が、民主党から大統領になった</p>
<p>　　→ウィルソンは、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・「新しい自由」を掲げて、反トラスト法を強化することで大企業の行き過ぎをやめさせた</p>
<p>　　　・関税引き下げや労働者保護立法などを行った</p>
<p>　　　　→ウィルソンは、国民の中層や下層に有利な改革を行っていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ウィルソンは、外国については以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・中米諸国への帝国主義政策が、武力干渉から「ドル外交」に代わっていた</p>
<p>　　　　※ドル外交・・経済力による浸透を重視する外交のこと</p>
<p>　　　・「宣教師外交」を推進していった</p>
<p>　　　　※宣教師外交・・アメリカ民主主義の道義的な優位を提唱して、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　アメリカの指導力を認めさせる外交のこと</p>
<p>　　　・１９１４年にパナマ運河が完成した</p>
<p>　　　　→アメリカは、パナマ運河の管理権を握って、パナマ運河の地域で</p>
<p>　　　　　トップの地位に立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・帝国主義時代のアメリカについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/999">帝国主義時代のアメリカについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>帝国主義時代のロシアについて</title>
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		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 04:56:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
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		<category><![CDATA[シベリア鉄道]]></category>
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		<description><![CDATA[帝国主義時代のロシアについて考えてみます &#160; &#160; ・ロシアについて &#160; &#160; 　・１８９０年代から、ロシアの資本主義がフランスからの資本の導入によって発展した 　　※特に、都市では大 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/998">帝国主義時代のロシアについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>帝国主義時代のロシアについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロシアについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８９０年代から、ロシアの資本主義がフランスからの資本の導入によって発展した</p>
<p>　　※特に、都市では大工業が急激に成長した</p>
<p>　　※しかし、工業や銀行の多くは外国資本であり、工場での労働条件が非常に劣悪だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアは、国内市場が狭く、シベリア鉄道建設などの国家事業によって国内の開発を進めた</p>
<p>　　→この時に、アジアやバルカン方面への進出をはかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・２０世紀の初頭に、それまで平和だった農村で、農奴解放後も地主への従属が続くことに</p>
<p>　　抗議する激しい農民運動が起こり、工場労働者のストライキが同時に起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・知識人や社会主義者のなかにも、専制体制の転換を求める声が高まった</p>
<p>　　→そこで、以下のような政党が結成された</p>
<p>　　　・ナロードニキの系統の社会革命党</p>
<p>　　　・マルクス主義をかかげるロシア社会民主労働党　　など</p>
<p>　　　　※ロシア社会民主労働党は、創設直後にレーニンなどのボリシェヴィキと</p>
<p>　　　　　プレハーノフなどのメンシェヴィキに分裂した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・この裏で、自由主義者が議会政治を期待して、後の立憲民主党につながる運動が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上のような流れを受けて、ロシアの政治や社会に改革を求める様々な動きが</p>
<p>　　　見られるようになってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９０５年に、日露戦争の状況がロシアにとって不利になって、</p>
<p>　　血の日曜日事件という事件が起きた</p>
<p>　　→すると、全国各地で、農民蜂起、労働者のストライキ、民族運動などが出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・モスクワでは、労働者の自治組織であるソヴィエト（評議会）が武装蜂起を起こし、</p>
<p>　　海軍でも反乱が起きた</p>
<p>　　＝この出来事を、第１次ロシア革命という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※この時に、自由主義者も政治改革を要求した</p>
<p>　　　→そのため、皇帝が十月宣言という宣言を出して、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　　・立法権を持つ国会（ドゥーマ）を開設した</p>
<p>　　　　・市民的な自由を認めた</p>
<p>　　　　・自由主義者のウィッテという人を首相にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、一方で以下のような動きもあった</p>
<p>　　　・国会の立法権が制限された</p>
<p>　　　・選挙制度が不平等だった</p>
<p>　　　・皇帝が蜂起を鎮圧したため、革命運動が衰退していった</p>
<p>　　　　＝その結果、再び専制的な政治の姿勢が強くなっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９０６年に、ストルイピンという人が首相になった</p>
<p>　　→ストルイピンは、帝政の支持基盤を広げるために、農村共同体（ミール）を解体して、</p>
<p>　　　独立自営農を育てようとした</p>
<p>　　　＝しかし、挫折してしまった</p>
<p>　　　　※この動きによって、農村社会は逆に動揺し、支持基盤が逆に不安定になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そこで政府は、国民の意識をそらすために、バルカン方面への南下政策を強めた</p>
<p>　　　＝この動きによって、国際的な緊張を高めたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・帝国主義時代のロシアについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/998">帝国主義時代のロシアについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>帝国主義について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/991</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/991#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 09:19:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ]]></category>
		<category><![CDATA[ベルエポック]]></category>
		<category><![CDATA[帝国主義]]></category>
		<category><![CDATA[植民地]]></category>
		<category><![CDATA[産業革命]]></category>
		<category><![CDATA[第2次産業革命]]></category>
		<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[資本主義]]></category>

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		<description><![CDATA[帝国主義について考えてみます &#160; &#160; ・帝国主義について &#160; &#160; 　・産業革命を達成したイギリスを追う形で、ヨーロッパ大陸の国々やアメリカ合衆国でも 　　産業革命が進められた &#038;n [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/991">帝国主義について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>帝国主義について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・帝国主義について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・産業革命を達成したイギリスを追う形で、ヨーロッパ大陸の国々やアメリカ合衆国でも</p>
<p>　　産業革命が進められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・なかでも合衆国とドイツは、１９世紀の後半になると、近代科学の成果を生かした工業部門や</p>
<p>　　新しい技術を発展させた</p>
<p>　　→そのため、アメリカとドイツが世界を引っ張っていくようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※最初の産業革命は、石炭と蒸気力を動力として、軽工業や製鉄業の分野で起きた</p>
<p>　　→しかし、新しい工業や技術は、石油と電力を動力にして、</p>
<p>　　　重化学工業などの非鉄金属部門を生み出した</p>
<p>　　　＝そのため、新しくなった産業革命を第２次産業革命という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→第２次産業革命の工業部門の建設には、巨額の投資が必要だった</p>
<p>　　　＝そのため、資本を提供する銀行と結びついた少ない巨大企業が、市場を支配する傾向が見られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・急速な工業化は、以下のような動きを見せることになった</p>
<p>　　→・工業労働者の数を増やした</p>
<p>　　　・都市化を進めていった</p>
<p>　　　・農業や中小企業を圧迫した</p>
<p>　　　・人々の生活基盤や生活環境を大きく変えた</p>
<p>　　　・工業化によって今までの伝統的な経済基盤を壊された多くの人は、</p>
<p>　　　　移民となって国を離れた</p>
<p>　　　　※そのため、１９世紀の後半からは、ヨーロッパ大陸からアメリカ合衆国への移民が</p>
<p>　　　　　急激に増えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・大きな国の資本主義が発達していくと、お互いの国や企業同士での競争が激しくなった</p>
<p>　　→すると、国の将来の発展を考えた場合の資源供給地や輸出市場として、</p>
<p>　　　植民地の重要性が見直された</p>
<p>　　　※不況が続いた１８７０年代以降は、以下のような動きが見られた　</p>
<p>　　　　・主要国と植民地との結びつきが強くなった　</p>
<p>　　　　・まだ植民地になっていない地域を占拠しようとする動きが高まってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・植民地に対する意識が高まった背景として、以下のようなことが挙げられる</p>
<p>　　→・欧米の国々の中で、ヨーロッパ近代文明を重視し、ヨーロッパ以外の地域の文化を</p>
<p>　　　　軽視する動きが出てきた</p>
<p>　　　・ヨーロッパ以外の地域の制圧や支配を簡単にする交通や情報の手段が発達した</p>
<p>　　　・軍事力が特に重要視された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※１８８０年代以降からは、様々な強い国はアジアやアフリカに殺到して、</p>
<p>　　　植民地や勢力圏を作っていった</p>
<p>　　　＝この動きのことを帝国主義という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→帝国主義時代には、以下のような各国の動きが見られた</p>
<p>　　　　・工業力や資本力のあるイギリス、フランス、ドイツの列強は上位に立った</p>
<p>　　　　・多民族国家をして民族運動にぶつかったロシア、オーストリアは下位になった</p>
<p>　　　　・工業化が遅れていたイタリアも下位になった</p>
<p>　　　　　＝帝国主義時代には、国によって格差が生まれたと言える</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・２０世紀に入ると、ドイツがほかの列強の植民地や勢力圏の再分配（再分割）を要求した</p>
<p>　　※この時、特にイギリスとの対立を深めていった</p>
<p>　　　＝列強間の帝国主義的対立は、第一次世界大戦勃発の大きな要因になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ただし、列強間の紛争や対立の場所は、長い間、アジアやアフリカの地域、バルカン半島など</p>
<p>　　　ヨーロッパの周辺地域に限定されていた</p>
<p>　　　→そのため、第一次世界大戦前の半世紀間は、ヨーロッパの中心部では戦争が起こらなかった</p>
<p>　　　　＝そして、１９世紀の終わりから好景気が続き、ヨーロッパの国々は一大繁栄期を迎えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・列強の主な都市では、世紀末文化と言われた成熟した市民文化が広がっていた</p>
<p>　　</p>
<p>　・近代文明や化学の進歩への信頼にも支えられて、未来を楽観的にみる雰囲気が強まった</p>
<p>　　※大戦前の十数年間は「ベルエポック」（すばらしい時代）と言われていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・帝国主義の概要についておさえる</p>
<p>・帝国主義の内容と各国の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/991">帝国主義について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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