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	<title>アラエス &#187; 王権神授説</title>
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	<item>
		<title>社会は法が支配しているのか</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2375</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2375#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 10 Jan 2014 04:27:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[政治全般]]></category>
		<category><![CDATA[エドワード・コーク]]></category>
		<category><![CDATA[コモン・ロー]]></category>
		<category><![CDATA[ピューリタン革命]]></category>
		<category><![CDATA[ボーダン]]></category>
		<category><![CDATA[マグナカルタ]]></category>
		<category><![CDATA[モンテスキュー]]></category>
		<category><![CDATA[基本的人権]]></category>
		<category><![CDATA[法の支配]]></category>
		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>
		<category><![CDATA[絶対王政]]></category>

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		<description><![CDATA[社会は法が支配しているという考え方があるので、 ちょっと調べてみました。 &#160; &#160; 一般的に、法が国を絶対的に支配することを、法の支配と言います （反対を人の支配といいます。） &#160; &#038;nbsp [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2375">社会は法が支配しているのか</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会は法が支配しているという考え方があるので、</p>
<p>ちょっと調べてみました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一般的に、法が国を絶対的に支配することを、法の支配と言います</p>
<p>（反対を人の支配といいます。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>法の支配のスタートは、イギリスのマグナカルタです</p>
<p>（マグナカルタは、法の支配といいながら、身分制でした）</p>
<p>→マグナカルタをきっかけに、法の支配から抜け出す考えが出てきました</p>
<p>＝そのときに出た考え方が、絶対王政です</p>
<p>※絶対王政・・王が国を絶対的に支配すること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>絶対王政は、2種類ありました。</p>
<p>①ボーダンという人の主権論＝王権神授説</p>
<p>②エドワード・コークという人のコモン・ロー＋法の支配</p>
<p>　＝神と法の下に王は立つという考え方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→このように、法の支配について様々な考え方があったので、</p>
<p>　法の支配でもめました</p>
<p>＝その代表的なのが、ピューリタン革命や清教徒革命でした</p>
<p>※結局、「法の支配」は権利章典で確認されています</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただし、法の支配は時代が進むにつれて性格が違いました</p>
<p>〇昔・・特権論</p>
<p>→伝統や歴史を土台に、一部の人だけが権利を持つ</p>
<p>（法の支配は、身分制度とセットという考え方）</p>
<p>〇その後・・人権論</p>
<p>→人間は生まれながらに自由かつ平等で、様々な自然権がある</p>
<p>（法の支配は、基本的人権とセットという考え方）</p>
<p>※その後の人権論は、バージニア権利章典、アメリカ独立宣言、フランス革命の人権宣言などが影響を受けています</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみにですが、法の支配について、権力をコントロールするという考え方もあります。</p>
<p>代表的な人を２人紹介しておきます。</p>
<p>・ロック</p>
<p>→権力は立法、執行、同盟に分けるべき　※ただし、立法優先</p>
<p>・モンテスキュー</p>
<p>→三権分立にすべき（立法、司法、行政）</p>
<p>※三権分立＋人民主義が土台となっているもの</p>
<p>＝アメリカ合衆国憲法（1787年）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>法の支配について考えてみましたが、</p>
<p>実際は誰が社会を支配するのがいいのでしょうか？</p>
<p>神、王、法、国民、その他いろいろですが、</p>
<p>難しいところです。</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2375">社会は法が支配しているのか</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ホッブズとロックの国家論―租税という切り口から</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2347</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2347#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Dec 2013 04:19:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界史全般]]></category>
		<category><![CDATA[リヴァイアサン]]></category>
		<category><![CDATA[上からの改革]]></category>
		<category><![CDATA[下からの改革]]></category>
		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>
		<category><![CDATA[自発的納税倫理]]></category>

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		<description><![CDATA[  以前にまとめたものと重複する部分もありますが、重要なところなので改めて書いておきます。関連記事↓↓↓  社会契約説―ホッブズ 社会契約説―ロック &#160; &#160; ・租税とは何か ⇒その有力な答えは、ホッブ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2347">ホッブズとロックの国家論―租税という切り口から</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>以前にまとめたものと重複する部分もありますが、重要なところなので改めて書いておきます。関連記事↓↓↓</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2309" class="broken_link"> 社会契約説―ホッブズ</a></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2335" class="broken_link">社会契約説―ロック</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・租税とは何か</p>
<p>⇒その有力な答えは、ホッブズとロックによって与えられた。「国家が市民に提供する生命と財産の保護、この2つへの対価としての租税」という考え方。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは今でいえば当たり前と思われるかもしれませんが、当時は革命的な考え方でした。</p>
<p>こうした彼らの思想の意義は、「国家の担い手」像の転換にありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>国家の担い手：神ではなく、神によって権限を与えられた王(王権神授説)でもなく、市民である</p>
<p>⇒「生命と財産の保護」は、<span style="text-decoration: underline">上からの恩恵</span>として与えられるのではなく、市民が自ら(<span style="text-decoration: underline">下から</span>)勝ち取ったもの</p>
<p>※この「上から」と「下から」という考え方はかなり重要で色々応用がきくので、覚えておいたほうがよいかと思います。これについては↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/556"> 近代化の2つのパターン―「上からの道」と「下からの道」という視点―</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>つまり、国家に生命と財産の保護という機能を持たせるために、それに必要な経費を<span style="text-decoration: underline">自発的に</span>拠出するということ。</p>
<p>⇒封建時代の領邦国家などにおける、税はとられるものという受け身の納税倫理から、自発的納税倫理への転換が起きた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆こうしてホッブズとロックは社会契約論に基づく国家論を樹立し、同時に近代国家における租税に正当性を付与した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでは、ホッブズとロックの社会契約説を復習しながら、それぞれの国家論について見ていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ホッブズの国家論</p>
<p>…国家は人間自身によって製作される人工物であることを強調。その上で国家(コモンウェルス)をつくっている自然人たる人間とは何かを考えた。</p>
<p>⇒人間は自然権をもち、「自然状態」とした。詳しくは↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/2309" class="broken_link">社会契約説―ホッブズ</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで「自然状態」を解消するために出てくるのが「強制権力」(リヴァイアサン)</p>
<p>⇒国家の絶対権力を強調する以上、市民の革命権や抵抗権といった考え方は出てこない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※こうしてみると、ホッブズが絶対王政を正当化したと言われるのも不思議ではないのですが、彼が生きた時代を考えると、当時は市民革命の渦中であり、どうしたらこの動乱がおさまるかを必死に考え抜いた結果として“仕方なく”絶対王政を正当化したという側面があるということも見逃せません。“絶対王政最高！”というようなポジティブな感覚ではなかったというのは案外重要だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロックの国家論</p>
<p>…国家の根拠はホッブズと似ている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>簡単にみると・・・</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「自然法」の存在を主張→しかし、共通権力が存在しない自然状態ではこの自然法を維持する主体が存在しない→各人がそれぞれの自然法を行使→「戦争状態」と変わらない→その解決策は、社会成員の一人ひとりがこの自然の権力を放棄し、それを共同体の手に委ね、1個の政治体を結成することに同意すること、という主張。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ホッブズとの違い：「労働による私有財産の獲得」という論理を組み込んだこと</p>
<p>⇒国家の役割はホッブズのように生命の保存だけではなく、労働によって獲得された私有財産の保全も含むようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>更にロックは、市民の「革命権」と「抵抗権」についても言及</p>
<p>⇒もし国家が生命と財産の保全という基本原則を破るようなら、市民は国家を取り替えることができると主張</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ロックについては以下も↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/2335" class="broken_link">社会契約説―ロック</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆☆☆</p>
<p>ここまで、もっぱら国家に焦点を当ててきましたが、ホッブズとロックの議論の画期的な意義は、「個人の析出」にありました。これが「原子論的・機械論的国家論」につながるのですが、これについては19Cドイツの「有機的国家論」との比較で改めて書きます。この2つは先に触れたように「下からの改革」と「上からの改革」を理解しておくとより深まるかと思います。</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2347">ホッブズとロックの国家論―租税という切り口から</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>基本的人権と人権に対する考え方について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1809</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1809#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 08:03:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[政治制度]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ独立宣言]]></category>
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		<description><![CDATA[人権について、基本的人権を中心に考えてみます &#160; &#160; ・人権について &#160; 　・人権とは・・生命、自由、平等など、社会や国家が尊重するべきで、 　　　　　　　　人間が当然のように持っている権利 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1809">基本的人権と人権に対する考え方について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>人権について、基本的人権を中心に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・人権について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・人権とは・・生命、自由、平等など、社会や国家が尊重するべきで、</p>
<p>　　　　　　　　人間が当然のように持っている権利のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→現代では、様々な問題があるので、人権を改めて考え直すことが大切だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・人権についての考え方と社会契約説について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会契約説の考え方が生まれるまでの流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・人権という権利は、近代民主主義が出来た時に考えられるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※中世より前の社会</p>
<p>　　　　→多くの人々が奴隷として扱われていたので、人権がなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１７～１８世紀のヨーロッパ</p>
<p>　　　　→王権神授説が中心になった</p>
<p>　　　　　※王権神授説・・王様の権力は神から授かったものなので、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　人々は王様に従うのが当たり前だという考え方のこと</p>
<p>　　　　　　</p>
<p>　　　　　　→王権神授説の考え方が強かったので、国の王様の権力は、</p>
<p>　　　　　　　国外でも、国内でも、他の誰にも邪魔されない、最強の権力だった</p>
<p>　　　　　　　＝このように、王権神授説を中心としたスタイルのことを</p>
<p>　　　　　　　　絶対主義（絶対君主制）という</p>
<p>　　</p>
<p>　　　・その後</p>
<p>　　　　→ロック、ルソー、ホッブズという人達が王権神授説を否定した</p>
<p>　　　　　＝その時に出てきた考え方が社会契約説だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　・社会契約説とは・・政治が存在する社会以前の状態（自然状態）や、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　人間が生まれた時から持っている権利（自然権）とは</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　どのようなものかを考え、自然状態の良くない部分を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　修正するために人々が社会と契約（社会契約）をすることで</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　国家の権力を作ったとする考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　　　　　　　※社会契約説は、人によって考え方が違ったが、自然権を軸にして</p>
<p>　　　　　　　　国家の成り立ちを考えるという点は同じだった</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→社会契約説が考えられるようになった時に、「法の支配」という考え方も出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・法の支配について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・「法の支配」とは・・社会をまとめるためには、法律を用いるべきだという考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　（ただし、この考えの中には、社会をまとめる人が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　法律を勝手に変えてはいけない、という意味も含まれている）</p>
<p>　　　　※ドイツには法治主義という考え方があり、法治主義という考え方は</p>
<p>　　　　　「法の支配」と同じように法律を重視したが、社会をまとめる人が</p>
<p>　　　　　変えてはいけない、という部分よりも、権力の使い方が法律に合っているか、</p>
<p>　　　　　という部分が重要だった</p>
<p>　　　　　　→このような考え方から、「法の支配」の反対を、「人の支配」と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・それぞれの国の基本的人権と人権に対する考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・基本的人権を考える上で代表的なものに、アメリカ独立宣言、フランス人権宣言、</p>
<p>　　ドイツのワイマール憲法などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※基本的人権とは・・人間が人間らしく生きるための基本的な権利のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・アメリカ独立宣言（１７７６年）について</p>
<p>　　　　→この宣言では、生命・自由および幸福追求を、天から与えられた人権だとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・フランス人権宣言（１７８９年）について</p>
<p>　　　　→この宣言では、自由・所有権・安全および圧制への抵抗を、自然権だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ドイツのワイマール憲法（１９１９年）について</p>
<p>　　　　→社会権（自由権を補うための権利のこと）を初めて取り入れた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・人権の保障に対する考え方は、産業革命以前と以後で大きく変わったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・産業革命以前</p>
<p>　　　→自由権（個人の様々な面での自由を保障する権利のこと）を重視した</p>
<p>　　　→自由権の重視のためには、国が国民に対して様々なことを行うと、</p>
<p>　　　　国民の自由を奪う可能性があるので、</p>
<p>　　　　国民に対して、あまり多くのことを行わない方が良い　</p>
<p>　　　　＝このように、人々の自由の重視のために、国が国民にあまり関わらないような</p>
<p>　　　　　国家のスタイルを夜警国家と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・産業革命以後</p>
<p>　　　→社会権が重視されるようになった</p>
<p>　　　→社会権を保障するためには、国が国民に対して保障の制度を作ったり、</p>
<p>　　　　福祉の充実を行ったりする必要がある</p>
<p>　　　　＝このように、社会権の保障のために、国が国民に対して</p>
<p>　　　　　積極的に関わっていくような国家のスタイルを福祉国家と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・人権と人権についての考え方を押さえる</p>
<p>・社会契約説と「法の支配」を押さえる</p>
<p>・基本的人権の流れを押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1809">基本的人権と人権に対する考え方について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>「法の支配」と様々な人権について①　－「法の支配」の考え方と人権論の関係－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1675</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1675#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 13:28:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[民主政治]]></category>
		<category><![CDATA[コモン・ロー]]></category>
		<category><![CDATA[ボーダン]]></category>
		<category><![CDATA[マグナ＝カルタ]]></category>
		<category><![CDATA[人の支配]]></category>
		<category><![CDATA[人権論]]></category>
		<category><![CDATA[基本的人権]]></category>
		<category><![CDATA[権利章典]]></category>
		<category><![CDATA[法の支配]]></category>
		<category><![CDATA[法治主義]]></category>
		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>

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		<description><![CDATA[「法の支配」と様々な人権について、関連する部分を交えながら考えてみます &#160; &#160; ・「法の支配」に対する考え方について &#160; 　※そもそも、「法の支配」とは・・・ 　　・「法の支配」・・社会をま [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1675">「法の支配」と様々な人権について①　－「法の支配」の考え方と人権論の関係－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>「法の支配」と様々な人権について、関連する部分を交えながら考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「法の支配」に対する考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※そもそも、「法の支配」とは・・・</p>
<p>　　・「法の支配」・・社会をまとめるためには、法律を用いるべきだという考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　（ただし、この考えの中には、まとめる人が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　法律を勝手に変えてはいけない、という意味も含まれている）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ドイツにあった、法治主義という考え方は、「法の支配」と同じように</p>
<p>　　　　法律を重視したが、まとめる人が変えてはいけない、という部分よりも、</p>
<p>　　　　権力の使い方が法律に合っているか、という部分が重要だった</p>
<p>　　　　→このような考え方から、「法の支配」の反対を、「人の支配」と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「法の支配」は、歴史的にどのように捉えられたか、「法の支配」の考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・法の支配について、様々な形で考えられ、イギリスのマグナ・カルタ、</p>
<p>　　ボーダンやコークの主張などが代表的なものとして扱われる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスのマグナ・カルタ（大憲章）</p>
<p>　　・中世で、「法の支配」を提唱したもの</p>
<p>　　・その中で考えられていた内容は、身分制度などのような不平等が前提にあったものだった</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→マグナ・カルタの「法の支配」ような、法律によって権力が制限されている状況を</p>
<p>　　　　変えるべきだとして、絶対王政が考えられた</p>
<p>　　　　＝その代表が、ボーダンという人だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ボーダン</p>
<p>　　・主権論（絶対王政による、中央集権的のような、王を中心とした政治の方法）を提唱した</p>
<p>　　・ボーダンは、法律は国をまとめる人が出した命令である、と考えて、</p>
<p>　　　ボーダンより前の「法の支配」を否定した</p>
<p>　　　→そこでボーダンは、王は神から支配する権利を直接授かっている</p>
<p>　　　　という考え方も提唱した</p>
<p>　　　　＝このような考え方を王権神授説と言う</p>
<p>　　</p>
<p>　　※王権神授説の詳しい考え方は、倫理の西洋思想の以下を参照</p>
<p>　　　・社会契約説・自然法と自然権について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・エドワード・コーク</p>
<p>　　・ボーダンの考え方に対抗して自分の意見を考えた</p>
<p>　　・コモン・ローと「法の支配」を貫く考えを提唱した</p>
<p>　　　※コモン・ロー・・「王様はどの人よりも上の立場だが、神と法律だけには</p>
<p>　　　　　　　　　　　　王様は勝てない」という考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　法律家のブラクトンという人が考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→ボーダンの考え方とコークの考え方について、「法の支配」を中心に議論が行われ、</p>
<p>　　ボーダンの考え方を推して、身分制度や特権などを守りたい貴族と、</p>
<p>　　絶対王政に対抗する人々との間で非常に大きな対立が起きた</p>
<p>　　＝この大きな対立を、ピューリタン革命（清教徒革命）と言う</p>
<p>　　</p>
<p>　　※このような流れを受けて、結果的に「法の支配」の方向性は、</p>
<p>　　　権利章典などで確認されることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「法の支配」に対する基本的人権論からの批判</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※身分制度と関連している「法の支配」は、基本的人権論によって批判された</p>
<p>　　→「法の支配」は特権論の、基本的人権論は人権論の考え方が強かったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・特権論と人権論の違いについて</p>
<p>　　・特権論・・昔の伝統や歴史の流れなどを理由に、一部の身分の高い人達だけが</p>
<p>　　　　　　　　権利を持つ考え方のこと</p>
<p>　　・人権論・・人間は、生まれた時から自由で平等な存在（基本的人権）で、</p>
<p>　　　　　　　　様々な自然権を持っているという考え方のこと</p>
<p>　　　※人権論は、身分制度を壊す可能性があると考えられ、恐れられていたが、</p>
<p>　　　　ホッブズやロックが結果的に人権論を広めることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・人権論が受け入れられるまでの流れ</p>
<p>　　・人権論は、身分制度が最初から存在していなかったアメリカで浸透していった</p>
<p>　　　→その流れを受けて、アメリカのバージニアでバージニア権利章典というものが</p>
<p>　　　　作られたことが大きいと言われている</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　※バージニア権利章典のような人権論は、アメリカ独立宣言やアメリカ権利章典、</p>
<p>　　　　フランス革命の人権宣言などに影響を与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※フランス革命の時に作られた人権宣言は、今までの政治や国家は</p>
<p>　　　　人権論の考え方に移るべき、ということを宣言したものだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→以上のような流れを受けて、「法の支配」は、基本的人権の考え方を</p>
<p>　　取り入れたものに変わっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・「法の支配」の解釈の代表的なものに、マグナ・カルタ、ボーダンの主権論、</p>
<p>　コークのコモン・ローと「法の支配」の組み合わせ、という考え方などがある</p>
<p>・「法の支配」について対立し、その対立をピューリタン革命（清教徒革命）という</p>
<p>・「法の支配」の考え方に、特権論と人権論があった</p>
<p>・人権論は、バージニア章典、アメリカ独立宣言、</p>
<p>　フランス革命の時の人権宣言などに影響を与えた</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1675">「法の支配」と様々な人権について①　－「法の支配」の考え方と人権論の関係－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>社会契約説・自然法と自然権について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1651</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1651#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 07:04:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[グロティウス]]></category>
		<category><![CDATA[ホッブズ]]></category>
		<category><![CDATA[実定法]]></category>
		<category><![CDATA[封建社会]]></category>
		<category><![CDATA[市民革命]]></category>
		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>
		<category><![CDATA[社会契約説]]></category>
		<category><![CDATA[自然権]]></category>
		<category><![CDATA[自然法]]></category>
		<category><![CDATA[自然状態]]></category>

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		<description><![CDATA[社会契約説と自然法、自然権について考えてみます &#160; &#160; ・社会契約説について 　 &#160; 　・社会契約説が誕生するまでの背景 &#160; 　　→・１６世紀以前のヨーロッパ・・分権的な封建社会だ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1651">社会契約説・自然法と自然権について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会契約説と自然法、自然権について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・社会契約説について</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会契約説が誕生するまでの背景</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・１６世紀以前のヨーロッパ・・分権的な封建社会だった</p>
<p>　　　・１６世紀以降のヨーロッパ・・中央集権的な君主制（絶対主義）だった</p>
<p>　　　・１７、１８世紀のヨーロッパ・・市民革命によって、中央集権的な君主制が崩れた</p>
<p>　　　　→この時に、社会契約説という考え方が生まれた</p>
<p>　　　　　※社会契約説が生まれた時と一緒に、王権神授説という考え方が現れ、対抗した</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会契約説と王権神授説の具体的な内容について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・王権神授説－・元々のヨーロッパの考え方で、君主制を正当化した考え方</p>
<p>　　　　　　　　　　・代表的な人にジェームズ１世やボシュエという人達などがいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・具体的な内容・・王様の権力は神から与えられたものだから、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　人々が王様に逆らうことは神に逆らうことになるので、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　許されないという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・社会契約説－・当時は新しい考え方で、代表的な人にホッブズ、ロック、ルソーなど</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・具体的な内容・・政治が存在する社会以前の状態（自然状態）や、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　人間が生まれた時から持っている権利（自然権）とは</p>
<p>　　　　　　　　　　　　どのようなものかを考え、自然状態の良くない部分を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　修正するために人々が契約（社会契約）をすることで</p>
<p>　　　　　　　　　　　　国家の権力を作ったとする考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　　※社会契約説は、人によって考え方が違ったが、自然権を軸にして</p>
<p>　　　国家の成り立ちを考える、という点は同じだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・自然法と自然権について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※社会契約説は自然状態を考えるが、その背景に自然法の考え方があったと言われている</p>
<p>　</p>
<p>　・自然法とは・・</p>
<p>　　→全ての人が従う基本的な法律のことで、自然の中にあると言われている</p>
<p>　　　※人間が作り、一部の地域だけに使われる法律を実定法と言うが、</p>
<p>　　　　この実定法と自然法は別物だと考えられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・近代の自然法について</p>
<p>　　→近代の自然法は、神の考えによるのではなく、</p>
<p>　　　人間の本来あるべき姿を考えながら作られたと言われている</p>
<p>　　　＝近代の自然法は、「人間の権利の実現」を目指そうとしたものとなったと言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※中世は、神が定めた法律の中で、人間の理性によって理解できるものが</p>
<p>　　　　自然法だったと言われる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・自然法を考えた人達について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・グロティウス－・「戦争と平和の法」という本を書いた</p>
<p>　　　　　　　　　　・もし、神がいないとしても、すでに自然法は</p>
<p>　　　　　　　　　　　存在しているであろうと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ホッブズ－・自然法以前に自然権が考えられ、</p>
<p>　　　　　　　　　自然法は自然権をよりよくするためのものであると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・社会契約説と王権神授説の違いを押さえる</p>
<p>・自然法、実定法、近代の自然法を押さえる</p>
<p>・グロティウスとホッブズの考え方を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1651">社会契約説・自然法と自然権について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>イギリス革命について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/932</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/932#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 13:00:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史前期]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス革命]]></category>
		<category><![CDATA[カルヴァン派]]></category>
		<category><![CDATA[クロムウェル]]></category>
		<category><![CDATA[チャールズ1世]]></category>
		<category><![CDATA[ピューリタン革命]]></category>
		<category><![CDATA[市民革命]]></category>
		<category><![CDATA[毛織物マニュファクチュア]]></category>
		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>
		<category><![CDATA[短期議会]]></category>
		<category><![CDATA[英蘭戦争]]></category>

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		<description><![CDATA[イギリス革命について考えてみます &#160; &#160; ・イギリス革命について &#160; &#160; 　 　・イギリスでは、１６０３年にスコットランド出身のステュアート家が 　　王位を継ぐということが起きた  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/932">イギリス革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イギリス革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イギリス革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・イギリスでは、１６０３年にスコットランド出身のステュアート家が</p>
<p>　　王位を継ぐということが起きた</p>
<p>　　</p>
<p>　　※当時は、大地主の貴族やジェントリが地方の行政や議会で重要な役割を演じていた</p>
<p>　　　→その背後では、商工業の発達で市民層が力を伸ばしていた</p>
<p>　　　→一方で農村では、今までの領主層が力を失い、独立自営農民（ヨーマン）が活躍した</p>
<p>　　　→富農の一部は、副業として毛織物マニュファクチュアを営んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝しかし、結果的に国王のジェームズ１世という人は、</p>
<p>　　　王権神授説を提唱して専制政治を行った</p>
<p>　　　※王権神授説・・神から授かった王権は人民にコントロールされないという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→国民のあいだでは、以下のような動きに対して批判が起きた</p>
<p>　　　　　・国王が議会を無視して新しい税を取り立てた</p>
<p>　　　　　・少数の大商人に独占権を与えた</p>
<p>　　　　　※このような批判があったため、国教会に対する</p>
<p>　　　　　　カルヴァン派（ピューリタン、清教徒）の不満も強くなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１６２８年に、国王の専制政治を国民の歴史的な権利にもとづいて批判した権利の</p>
<p>　　請願が可決された</p>
<p>　　※しかし、１６２９年に議会を解散したチャールズ１世という人は、</p>
<p>　　　その後１１年間は議会を開かなかった</p>
<p>　　　→その後、同君連合の関係にあったスコットランドで１６３０年代の終わりに反乱が起きた</p>
<p>　　　→そこで、国王は、１６４０年の春に１１年間の沈黙を破って議会を開いた</p>
<p>　　　　＝これが、イギリス革命（ピューリタン革命）の発端になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国王は、１６４０年の春に議会と対立するとすぐに議会を解散した</p>
<p>　　※この議会を短期議会という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、同じ年の秋に再び議会を招集した</p>
<p>　　※この議会を長期議会という</p>
<p>　　　→長期議会でも国王は激しく批判された</p>
<p>　　　　＝結果的に、１６４２年には王党派と議会派との間で</p>
<p>　　　　　内戦が起こるようになった</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　　　※議会派は、独立派と長老派に分かれた（この２つは、</p>
<p>　　　　　教会制度についても考え方が違っていた）　</p>
<p>　　　　　・独立派・・国王との戦いを徹底しようとする派閥</p>
<p>　　　　　・長老派・・より穏健的で、立憲王政をめざす派閥</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→独立派のクロムウェルという人は、ピューリタンを中心によく統率された鉄騎隊を編制し、</p>
<p>　　　議会派を勝利させた</p>
<p>　　　＝その後、クロムウェルは以下のようなことを行った</p>
<p>　　　　・議会から長老派を追放した</p>
<p>　　　　・１６４９年にチャールズ１世を処刑して、共和政を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・ジェントリ出身のクロムウェルは、共和政を作った後に以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・財産と参政権の平等を求めて、議会派の軍隊内で支持を広めていた水平派を弾圧した</p>
<p>　　　・一方で、王党派の拠点となったという理由でアイルランドやスコットランドを征服した</p>
<p>　　　　※特に、大規模な土地の没収が強行されたアイルランドは、事実上植民地化された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような動きがあった時でも、イギリスの重商主義政策は推進された</p>
<p>　　　※中でも１６５１年に制定された航海法は、イギリスとその植民地への輸入品を</p>
<p>　　　　イギリスか原産国の船で輸送することを定めた</p>
<p>　　　　→航海法は、中継貿易を中心とするオランダに打撃を与えた</p>
<p>　　　　　＝そのため、イギリスとオランダとの間で、</p>
<p>　　　　　　第１次のイギリス＝オランダ（英蘭）戦争が起きた</p>
<p>　　　　　　※イギリスとオランダとの戦いは、その後１６６０年代と１６７０年代にもあったが、</p>
<p>　　　　　　　イギリスが優勢のうちに終わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝結果的にイギリス革命は、資本主義経済の自由な発展を妨げる特権商人の</p>
<p>　　独占権を廃止するなど、市民層の立場を強めていった</p>
<p>　　※このような変革を「市民革命」という</p>
<p>　　　→市民革命は、アメリカ独立戦争やフランス革命とも共通する面があったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イギリス革命までの流れと背景についておさえる</p>
<p>・イギリス革命の内容とその後、英蘭戦争についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/932">イギリス革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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