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	<title>アラエス &#187; イスラーム</title>
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	<item>
		<title>イスラーム（ムハンマド・内容・ムスリム）と「クルアーン」の教えについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1615</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1615#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 16:15:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[宗教]]></category>
		<category><![CDATA[アッラー]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
		<category><![CDATA[ウンマ]]></category>
		<category><![CDATA[コーラン]]></category>
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		<category><![CDATA[ムハンマド]]></category>
		<category><![CDATA[メディナ]]></category>
		<category><![CDATA[一神教]]></category>
		<category><![CDATA[六信・五行]]></category>

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		<description><![CDATA[イスラーム（イスラーム教）と「クルアーン」について紹介します &#160; &#160; ・イスラームの始まりかたと、ムハンマドの生涯 　 　※イスラームは、アラビアにあるメッカという都市で生まれたムハンマドという人が  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1615">イスラーム（ムハンマド・内容・ムスリム）と「クルアーン」の教えについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イスラーム（イスラーム教）と「クルアーン」について紹介します</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラームの始まりかたと、ムハンマドの生涯</p>
<p>　</p>
<p>　※イスラームは、アラビアにあるメッカという都市で生まれたムハンマドという人が</p>
<p>　　預言者（ナビー）として活動するところから始まる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ムハンマドの主な活動は、</p>
<p>　　「血のつながり」という多神教を全否定するといったような、一つの宗教改革であった</p>
<p>　　→そのため、多神教のメッカの人達から迫害（弱い立場の人を苦しめること）を受け、</p>
<p>　　　ムハンマドはメディナに移住した</p>
<p>　　※この時の、ムハンマドのメディナへの移動のことをヒジュラ（聖遷）と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラームの考え</p>
<p>　・基本は一神教</p>
<p>　・唯一の神（アッラー）に必ずすがらなければいけない</p>
<p>　　※神の別の呼び方がアッラーであり、アッラーという名前の神はいない</p>
<p>　・アッラー以外は神ではないとして、</p>
<p>　　一切の偶像崇拝（神以外の人や物を信仰の対象とすること）を禁止した</p>
<p>　　→そのため、礼拝所（モスク）という場所に神像はなく、ムハンマドはイエスと違い、</p>
<p>　　　一人の人間でしかない</p>
<p>　・基本的に、人間の思想や行動は全て神の支配の下にある</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　つまり・・・</p>
<p>　　・特別な思想や行動だけが神と関わり、政治、経済、社会などは神とは無関係とは</p>
<p>　　　考えなかった</p>
<p>　　　＝なにからなにまで、神と関係している</p>
<p>　　・イスラーム教は、生活の全部の面で、イスラームの生き方を</p>
<p>　　　身を持って実現することを求めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ムスリム（イスラーム教徒）について</p>
<p>　・ムスリムとは・・</p>
<p>　　→全能の神を信じて、自分を無力な人として、神に必ずすがること（＝絶対的な帰依）を</p>
<p>　　　誓う人のこと</p>
<p>　　→「信者はみな兄弟」という考え方で、同じ神を信じる者どうしで、</p>
<p>　　　強固な共同体（＝ウンマ）を作った</p>
<p>　　　※ただし、強固ながらもウンマは、多数派のスンニ派と少数派のシーア派に分かれた</p>
<p>　　→選民思想などとは違い、信仰すれば誰でも神に支配される</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のようなムスリムの生活を規定したのが、「クルアーン（コーラン）」という本だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>・クルアーン（コーラン）について</p>
<p>　</p>
<p>　・クルアーンは・・</p>
<p>　　→預言者であるムハンマドを通して語られた神の啓示、神の言葉として、</p>
<p>　　　また、イスラーム法（シャリーア）の根拠として、絶大な力を持つ</p>
<p>　　→特徴として、聖俗を区別しないことが挙げられ、聖職者が存在しない</p>
<p>　　→政教一致（政治と宗教は一致する考え方）により、</p>
<p>　　　信者の全ての生活を規定している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ムスリムを規定するための宗教的な務めとして、</p>
<p>　　有名なものに「六信・五行」というものがある　</p>
<p>　　・六信：アッラー、天使たち、預言者たち、諸教典、来世、天命を信じること</p>
<p>　　・五行：アッラーへの信仰告白、メッカに巡礼、１日５回の礼拝、</p>
<p>　　　　　　一定期間の断食、貧者への救貧税（喜捨）を行うこと</p>
<p>　　　→これが、ムスリムに課せられている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　※イスラームは、共同体（ウンマ）で最も権力がある</p>
<p>　　カリフ（ムハンマドの後継者のこと）の下で急速に拡大していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イスラームは、メッカで生まれたムハンマドが預言者（ナビー）として</p>
<p>　活躍するところから始まる</p>
<p>・ムハンマドは多神教を全否定し、迫害を受けたため、メディナに移住させられた</p>
<p>　→この移動を、ヒジュラ（聖遷）と言う</p>
<p>・イスラームは基本的に一神教で、アッラーの絶対的な帰依によって成り立つ</p>
<p>・イスラームは、一切の偶像崇拝を禁止し、礼拝所に神像がなく、全て神の支配下にある</p>
<p>・ムスリムは、同じ神を信じる者どうしで強固な共同体（ウンマ）を作った</p>
<p>　※ウンマが、多数派のスンニ派と、少数派のシーア派に分かれた</p>
<p>・ムスリムの生活を律するために、「クルアーン（コーラン）」という本がある</p>
<p>・クルアーン（コーラン）は、聖俗を区別せず、政教一致を原則としている</p>
<p>・六信五行の内容を必ず覚える（混同したり、間違えて覚えることを避ける）</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1615">イスラーム（ムハンマド・内容・ムスリム）と「クルアーン」の教えについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>西アジア・中央アジアの民族と文化について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1415</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1415#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 31 Oct 2013 13:58:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[州や大陸という視点からの地域]]></category>
		<category><![CDATA[アラブ民族]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
		<category><![CDATA[イラン民族]]></category>
		<category><![CDATA[コーラン]]></category>
		<category><![CDATA[トルコ民族]]></category>
		<category><![CDATA[ムスリム]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ字]]></category>
		<category><![CDATA[中東]]></category>

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		<description><![CDATA[西アジア・中央アジア（中東）の民族と文化、ムスリムの生活の様子について考えてみます &#160; &#160; ・西アジアと中央アジアの民族と文化について &#160; &#160; 　・西アジアから中央アジアにかけての [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1415">西アジア・中央アジアの民族と文化について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>西アジア・中央アジア（中東）の民族と文化、ムスリムの生活の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・西アジアと中央アジアの民族と文化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西アジアから中央アジアにかけての文化は、主にアラブ、イラン、トルコという</p>
<p>　　三つの民族によって成り立っている</p>
<p>　　→これに合わせる形で、言語もそれぞれアラビア語、ペルシア語、トルコ語に分かれている</p>
<p>　　　※それぞれの言語について</p>
<p>　　　　・アラビア語とペルシア語は、同じアラビア文字で表記されている</p>
<p>　　　　・トルコ語は、１９２３年にトルコ共和国が建国されてから、</p>
<p>　　　　　アラビア文字にかわってローマ字で表記された</p>
<p>　　　　・３つの言語は、文法的には大きく違う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アラブ系の民族</p>
<p>　　→イラク・シリア・レバノン・アラビア半島諸国から北アフリカにかけて分布している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イラン系の民族</p>
<p>　　→イランとアフガニスタン、タジキスタンに分布している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・トルコ系の民族</p>
<p>　　→トルコ・アゼルバイジャンから中央アジアのシルクロード沿いに広く分布している</p>
<p>　　　※トルコ系の民族は、日本語と文法的に似ている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→これらの多くはムスリムで、イスラームが人々の生活や文化の基盤になっている</p>
<p>　　※しかし、ユダヤ教やキリスト教もパレスチナで生まれたということもあり、</p>
<p>　　　現在のイスラエルやシリア・レバノンには、キリスト教徒やユダヤ教徒が暮らしている</p>
<p>　　　＝中東は、イスラームだけの文化でないことが分かる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ムスリムの生活の様子について　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※イスラームは７世紀にアラビア半島で生まれた</p>
<p>　　→その後、８世紀に西アジアの全域に広がった</p>
<p>　　　＝結果的に、１０世紀に中央アジアに広がった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・現在までイスラームは人々の日常生活に根付いている</p>
<p>　　※イスラームは、習慣や価値観にも反映されていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラームは一神教で、唯一絶対の神であるアッラーを信仰する</p>
<p>　　※「イスラーム」という言葉は、服従を示している</p>
<p>　　※偶像崇拝は厳しく禁止されていて、イスラームを創始した預言者の</p>
<p>　　　ムハンマド（マホメット）も信仰の対象外</p>
<p>　</p>
<p>　・聖典のコーラン（クルアーン）には、ムハンマドに下された神の啓示が記されている</p>
<p>　　※コーランは、日常生活のルールが書かれているという点で、</p>
<p>　　　キリスト教の聖書と大きな違いがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ムスリムは、神を信じることに加えて、日常生活の中で信仰をはっきりさせる必要がある</p>
<p>　　→日常生活で行うものとして、以下のようなものがある</p>
<p>　　　・いつでも行う信仰告白</p>
<p>　　　・１日５回の礼拝</p>
<p>　　　・いつでも行うべき喜捨（持たざる人への配慮）</p>
<p>　　　・イスラーム暦（太陰暦）の９月（ラマダーン月）に行なわれる断食</p>
<p>　　　・一生に一度行う聖地メッカへの巡礼</p>
<p>　　　　※これらをまとめて五行という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※巡礼の時には、世界中のムスリムが集まり、貧富に関係なく全員が</p>
<p>　　　　　同じ白衣をまとってカーバ神殿に集まる</p>
<p>　　　　　＝巡礼は、人種や民族をこえて信徒が一つであることを確認する宗教の</p>
<p>　　　　　　行事になっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・西アジアと中央アジアの民族と文化についておさえる</p>
<p>・ムスリムの生活の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1415">西アジア・中央アジアの民族と文化について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>現代の地域紛争と国際協力について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1081</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1081#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 19:34:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[トクホンクリーム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[現代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
		<category><![CDATA[ルワンダ・ブルンジの内戦]]></category>
		<category><![CDATA[地域主義]]></category>
		<category><![CDATA[多民族共生]]></category>
		<category><![CDATA[平和維持活動]]></category>
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		<category><![CDATA[ＡＳＥＡＮ]]></category>
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		<category><![CDATA[ＰＫＯ]]></category>

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		<description><![CDATA[現代の地域紛争と国際協力について考えてみます &#160; &#160; ・現代の地域紛争と国際協力について &#160; &#160; 　・アメリカとソ連の冷戦体制の規制力が１９８０年代から衰え始めた 　　→そこで、１ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1081">現代の地域紛争と国際協力について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>現代の地域紛争と国際協力について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・現代の地域紛争と国際協力について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカとソ連の冷戦体制の規制力が１９８０年代から衰え始めた</p>
<p>　　→そこで、１９８０年代から以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・地域的な権力を目指す国際紛争</p>
<p>　　　・民族主義や宗教的な対立による内戦やテロ活動</p>
<p>　　　・今ある国家の中でも、不当に扱われてきたと考える地域の抗議運動や</p>
<p>　　　　自己主張を強める動きが出てきた</p>
<p>　　　　＝この動きを地域主義という</p>
<p>　　　　※地域主義で代表的な例として、１９９４年にアフリカ中部で起こった</p>
<p>　　　　　ルワンダ・ブルンジの内戦が挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような地域紛争の背後には、多くの場合は経済的な利害の対立が含まれている</p>
<p>　　　※そのため、解決が難しいと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会主義圏の崩壊後に、多くの民族国家が出現した</p>
<p>　　※民族国家の出現の一方で、ＥＵのように主権国家の枠をゆるめて多民族共生の方向に</p>
<p>　　　進む動きも出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アジアでは、以下の様々な問題が解決しないでいる</p>
<p>　　→・トルコ、イラク、イランのクルド問題</p>
<p>　　　・インドとパキスタンとの間の対立</p>
<p>　　　・スリランカでのシンハラ系多数派とタミル系少数派の内戦</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・インドネシアでは、東ティモールが分離して独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・サハラ以南のアフリカ諸国の内戦も絶えなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラーム地域では、近代化を批判してイスラーム原理への復活をかかげる</p>
<p>　　急進派が勢力をのばした</p>
<p>　　※そのため、各地で反政府テロ活動も繰り返されている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような動きあった時に、平和維持活動（ＰＫＯ）に対して、</p>
<p>　　　国際連合が重要な役割を担うようになった</p>
<p>　　　※平和維持活動・・地域紛争の調停や内戦終了後の処理を平和にするように</p>
<p>　　　　　　　　　　　　維持していく活動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→また、難民の救援や医療活動、地雷禁止運動や環境・希少生物保護活動などでは、</p>
<p>　　　民間のボランティア団体や非政府組織（ＮＧＯ）が重要な動きを</p>
<p>　　　見せていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※しかし、ＰＫＯや国際連合などでは、以下のような問題も起きていた</p>
<p>　　　　・現地の対立が複雑だったソマリアでは、ＰＫＯが失敗して撤退した</p>
<p>　　　　・武力で地域的な権力を求めるイラクの軍事行動や、政府の黙認や支援で</p>
<p>　　　　　一国内で少数民族の追放や迫害が行なわれる場合には、</p>
<p>　　　　　国際連合の対応がいつも遅れていた</p>
<p>　　　　　→そのため、このような問題の対応には、アメリカ軍やＮＡＴＯ軍の</p>
<p>　　　　　　軍事制裁に頼ることが多いと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、国際連合を補って、地域紛争を抑制するために、多国間での地域的かつ</p>
<p>　　経済的な協力機構も整備されつつあると言われている</p>
<p>　　→代表的な例として、以下のようなものがある</p>
<p>　　　・東南アジア諸国連合（ＡＳＥＡＮ）</p>
<p>　　　・アジア太平洋経済協力会議（ＡＰＥＣ）</p>
<p>　　　・アフリカ統一機構（ＯＡＵ）から発展したアフリカ連合（ＡＵ）</p>
<p>　　　・ポーランド、チェコ、ハンガリーを加盟させて地域安全保障機構となったＮＡＴＯ　　</p>
<p>　　　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・現代の地域紛争の様子についておさえる</p>
<p>・現代の国際協力の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1081">現代の地域紛争と国際協力について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>フランク王国の発展とイスラームとの関係について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/830</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/830#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 11 Oct 2013 14:06:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[康太]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中世ヨーロッパ史]]></category>
		<category><![CDATA[アタナシウス派]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
		<category><![CDATA[カロリング朝]]></category>
		<category><![CDATA[カール＝マルテル]]></category>
		<category><![CDATA[トゥール・ポワティエ間の戦い]]></category>
		<category><![CDATA[フランク王国]]></category>
		<category><![CDATA[ブルグンド王国]]></category>
		<category><![CDATA[メロヴィング家]]></category>
		<category><![CDATA[地中海]]></category>
		<category><![CDATA[東ゴート王国]]></category>

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		<description><![CDATA[フランク王国の発展とイスラームとの関係について考えてみます &#160; &#160; ・フランク王国の発展とイスラームとの関係について &#160; &#160; 　・４８１年に全てのフランク人が、メロヴィング家のクロ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/830">フランク王国の発展とイスラームとの関係について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>フランク王国の発展とイスラームとの関係について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・フランク王国の発展とイスラームとの関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・４８１年に全てのフランク人が、メロヴィング家のクローヴィスという人によって統一された</p>
<p>　　→この動きによって、フランク王国はガリア中部を支配下において、</p>
<p>　　　東ゴート王国にならぶ強国になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時、他のゲルマン人の多くが異端であるアリウス派キリスト教を信仰していた</p>
<p>　　　→しかし、グローヴィスは正統派のアタナシウス派に改宗した</p>
<p>　　　※この改宗は、後にフランク王国がローマ人貴族を支配層に取り込んで、</p>
<p>　　　　西ヨーロッパの中心勢力になる一因だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・６世紀の半ばに、フランク王国がブルグンド王国などを倒して全てのガリアを統一した</p>
<p>　　※しかし、８世紀になるとメロヴィング朝という王朝の権力が衰えていくようになった</p>
<p>　　　＝その結果、王家の行政と財政の長官である宮宰という役職が</p>
<p>　　　　実権を握るようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方でこのころに、アラビア半島から急速に広がって地中海世界に侵入したイスラーム勢力が、</p>
<p>　　フランク王国に近づきつつあった</p>
<p>　　→イスラーム勢力は、ウマイヤ朝時代にアラブ人のイスラーム教徒が北アフリカを西に進み、</p>
<p>　　　イベリア半島に渡って７１１年に西ゴート王国を倒した</p>
<p>　　　※さらに、イスラーム勢力がピレネー山脈を越えてガリアに侵攻しようとしていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、メロヴィング朝の宮宰であったカール＝マルテルという人が</p>
<p>　　７３２年のトゥール・ポワティエ間の戦いでイスラーム軍を倒し、</p>
<p>　　西方キリスト教世界を外敵から守ることに成功した</p>
<p>　　※カール＝マルテルの子どものピピンという人は、</p>
<p>　　　７５１年にメロヴィング朝を廃して王位についた</p>
<p>　　　＝その結果、カロリング朝という王朝を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今までの様々なゲルマン国家は、大体は旧西ローマ帝国の統治制度を受け継いだ</p>
<p>　　※さらに、地中海商業と都市生活にもとづく地中海世界も基本的にはまだ残っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、イスラーム勢力の侵入と同時に、地中海世界の統一性が崩れ出してきてしまった</p>
<p>　　　＝その結果、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　・地中海がイスラーム勢力に支配された</p>
<p>　　　　・キリスト教徒が自由に交通できなくなった</p>
<p>　　　　・地中海の商業圏が衰退してしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・フランク王国の流れをおさえる</p>
<p>・イスラームの侵入によるヨーロッパの変化をおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/830">フランク王国の発展とイスラームとの関係について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>イスラームの学問について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/822</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/822#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 16:32:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アラビア語]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
		<category><![CDATA[イブン＝ハルドゥーン]]></category>
		<category><![CDATA[ウマル＝ハイヤーム]]></category>
		<category><![CDATA[コーラン]]></category>
		<category><![CDATA[タバリー]]></category>
		<category><![CDATA[フワーリズミー]]></category>
		<category><![CDATA[世界史序説]]></category>
		<category><![CDATA[四行詩集]]></category>
		<category><![CDATA[太陽暦]]></category>

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		<description><![CDATA[イスラームの学問について考えてみます &#160; &#160; ・イスラームの学問について &#160; &#160; 　・最初に発達したイスラーム教徒の学問は、以下の２つだった 　　→・アラビア語の言語学 　　　・「 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/822">イスラームの学問について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イスラームの学問について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラームの学問について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最初に発達したイスラーム教徒の学問は、以下の２つだった</p>
<p>　　→・アラビア語の言語学</p>
<p>　　　・「コーラン」の解釈のもとづく神学と法学だった</p>
<p>　　　　※これらの学問の補助手段として、ムハンマドの発言や行動に関する伝承が集められた</p>
<p>　　　　　＝この補助が歴史学の発達をうながしたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の歴史学については、以下のような研究がある</p>
<p>　　→・９～１０世紀の歴史家であったタバリーという人は、年代記形式が多い世界史を編纂した</p>
<p>　　　・１４世紀の歴史学者のイブン＝ハルドゥーンという人は、</p>
<p>　　　　「世界史序説」という本を書いて、都市と遊牧民との交渉を中心に、</p>
<p>　　　　王朝が誕生したり滅んだりする歴史に法則性があることを論じた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラーム教徒の学問が飛躍的に発達したのは、９世紀初めにギリシア語文献が</p>
<p>　　組織的にアラビア語に翻訳されてからだと言われている</p>
<p>　　→イスラーム教徒は、ギリシアの医学、天文学、幾何学、光学、地理学などを学んだ</p>
<p>　　　＝それらを、臨床、観測、実験などを使ってより豊富で正確なものにしていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→インドからも医学、天文学、数学を学んだ</p>
<p>　　　※特に数学（のちのアラビア数学）と十進法とゼロの概念を取り入れることで、</p>
<p>　　　　独創的な成果を上げることが出来た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の学問については、以下のような人達の動きがあった</p>
<p>　　→・フワーリズミーなどが、代数学と三角法を開発した</p>
<p>　　　　＝これらの開発は、錬金術や光学で使われた実験方法と一緒にヨーロッパに伝えられ、</p>
<p>　　　　　近代科学に進んだ</p>
<p>　　　・ウマル＝ハイヤームという人は、「四行詩集」（「ルバイヤート」）という作品を作り、</p>
<p>　　　　数学や天文学に優れ、きわめて正確な太陽暦の作成に関わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イスラームの学問についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/822">イスラームの学問について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>イスラームの文明と社会について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/821</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/821#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 16:26:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
		<category><![CDATA[イラン＝イスラーム文化]]></category>
		<category><![CDATA[インド＝イスラーム文化]]></category>
		<category><![CDATA[トルコ＝イスラーム文化]]></category>
		<category><![CDATA[マドラサ]]></category>
		<category><![CDATA[中世ヨーロッパ]]></category>
		<category><![CDATA[神秘主義]]></category>
		<category><![CDATA[製紙法]]></category>

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		<description><![CDATA[イスラームの文明と社会について考えてみます &#160; &#160; ・イスラームの文明について &#160; &#160; 　・イスラーム帝国は、古くから多くの先進文明が栄えた地域に作られた 　　→イスラーム文明は、 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/821">イスラームの文明と社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イスラームの文明と社会について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラームの文明について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラーム帝国は、古くから多くの先進文明が栄えた地域に作られた</p>
<p>　　→イスラーム文明は、このような文化遺産と征服者であるアラブ人がもたらした</p>
<p>　　　イスラーム教とアラビア語とが融合して生まれた新しい都市文明だった</p>
<p>　　　＝バグダードやカイロなど大都市に発達したこの融合文明は、</p>
<p>　　　　同時にイスラーム教を核とする普遍的文明だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※そのため、この融合文明はイスラーム世界のいたるところで受け入れられていった</p>
<p>　　　　　→そして、各地の地域的・民族的特色を加えていくことで、</p>
<p>　　　　　　イラン＝イスラーム文化、トルコ＝イスラーム文化、インド＝イスラーム文化などが</p>
<p>　　　　　　形成された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中世ヨーロッパは、当時はイスラーム教に敵対していた</p>
<p>　　→しかし、１１～１３世紀にかけてスペインのトレドを中心にアラビア語の著作を</p>
<p>　　　どんどんラテン語に翻訳して、アラビア語の著作を学び取ることによって、</p>
<p>　　　後でルネサンスを開花させた</p>
<p>　　</p>
<p>　　※イスラーム文明は、ギリシア文明をヨーロッパ文明に橋渡しする上でも</p>
<p>　　　重要な役割を果たした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラームの社会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西アジアのイスラーム社会は、都市を中心に発展していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・各地の都市には、軍人、商人、職人、知識人などが住んでいた</p>
<p>　　※法学や神学などのイスラームの様々な学問をおさめた知識人を、ウラマーという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・信仰と学問や教育の場であるモスクや学院（マドラサ）、生産と流通の場である市場を</p>
<p>　　中心に都市生活が営まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラーム帝国の成立によって、都市を結ぶ交通路が整備された</p>
<p>　　→このネットワークを通して新しい知識や生産技術が短期間のうちに</p>
<p>　　　遠くへ伝えられたことが特徴として挙げられる</p>
<p>　　　※特に、パピルスや羊皮紙に代わる紙が普及したことは、</p>
<p>　　　　イスラーム文明の発展に大きな影響を与えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※紙の普及について</p>
<p>　　・タラス河畔の戦いによって、唐軍の捕虜からイスラーム教徒が</p>
<p>　　　製紙法を学ぶということがおきた</p>
<p>　　　→そこで、イスラーム教徒はサマルカンド、バクダード、カイロなどに製紙工場を作った</p>
<p>　　　→そして、この技術はイベリア半島とシチリア島を通って、</p>
<p>　　　　１３世紀ころにヨーロッパに伝えられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１０世紀以降のイスラーム社会では、都市の職人や農民の間に、形式的な信仰を排除して、</p>
<p>　　神との一体感を求める神秘主義（スーフィズム）という考え方が盛んになった</p>
<p>　　※このような神秘主義の人を、スーフィーという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１２世紀になると、聖者を中心に多くの神秘主義教団が結成されるようになった</p>
<p>　　→教団員はムスリム商人の後を追うようにして、アフリカ、中国、インド、東南アジアに</p>
<p>　　　進出していった</p>
<p>　　　＝教団員は、各地の習慣などを取り入れていきながら、イスラームの信仰を広めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イスラーム文明の担い手は、都市の商人、職人、知識人、神秘主義者たちだった</p>
<p>　　　※カリフやスルタンをはじめとする支配者たちが文化活動を積極的に保護したことも、</p>
<p>　　　　イスラーム文明の発達を促す要因の一つだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イスラームの文明についておさえる</p>
<p>・イスラームの社会についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/821">イスラームの文明と社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>イスラーム化への動きについて　－東南アジアとアフリカ－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/820</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/820#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 16:18:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アクスム王国]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
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		<category><![CDATA[クシュ王国]]></category>
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		<category><![CDATA[マリ王国]]></category>
		<category><![CDATA[ムスリム商人]]></category>
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		<description><![CDATA[イスラーム化への動きについて、東南アジアとアフリカを中心に考えてみます &#160; &#160; ・東南アジアのイスラーム化への動きについて &#160; &#160; 　・東南アジアのイスラーム化は、８世紀ころからム [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/820">イスラーム化への動きについて　－東南アジアとアフリカ－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イスラーム化への動きについて、東南アジアとアフリカを中心に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・東南アジアのイスラーム化への動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東南アジアのイスラーム化は、８世紀ころからムスリム商人が東南アジアから中国へと交易圏を</p>
<p>　　広げていく間に、諸島部を中心に進んでいった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※早い段階では、１３世紀の終わりにスマトラ島にイスラーム国家が</p>
<p>　　　成立したことが知られている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→しかし、重要なきっかけになったのは、１５世紀に国際貿易都市のマラッカの王が</p>
<p>　　　　イスラームに改宗したことだと言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　＝結果的に以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　・マラッカを拠点に、イスラーム教は交易ルートにのって</p>
<p>　　　　　ジャワからフィリピンにひろまっていった</p>
<p>　　　　・ジャワでは、１６世紀末にイスラーム教のマタラム王国が成立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アフリカのイスラーム化への動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ナイル川上流のクシュ王国というところは、</p>
<p>　　エジプト以外で現在最も古いアフリカ人の国として知られている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・クシュ王国は、紀元前８世紀に一時的にエジプト王朝を倒した</p>
<p>　　→その後、紀元前６６７年にアッシリアの侵入によって後退した</p>
<p>　　　※メロエに都を置いていた時代は、製鉄と商業によって栄え、メロエ文字（未解読）を使った</p>
<p>　　　　＝しかし、４世紀にエチオピアのアクスム王国によって滅ぼされた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西アフリカにあったガーナ王国は、金を豊富に産出した</p>
<p>　　→そこで、ムスリム商人は塩を持ってガーナ王国に訪れて、金と交換した</p>
<p>　　→その後、１０７６年と１０７７年にガーナ王国がムラービト朝に攻撃されて衰退した</p>
<p>　　　＝ガーナ王国の衰退は、西アフリカのイスラーム化を促した</p>
<p>　　　　※その後に誕生したマリ王国やソンガイ王国の支配階級は、イスラーム教徒だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ソンガイ王国は、西アフリカの隊商都市の大部分を支配して、北アフリカとの交易で栄えた</p>
<p>　　　※特に、ニジェール川中流の交易都市だったトンブクトゥは、内陸アフリカでの</p>
<p>　　　　イスラームの学問の中心地として発展していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・モガディシュ以北のアフリカ東岸の海港では、古くからアラビアやイランとの</p>
<p>　　海上交易が行なわれていた</p>
<p>　　→１０世紀以降は、その南のマリンディ、モンバサ、ザンジバル、キルワなどの</p>
<p>　　　海港都市にムスリム商人が住み着いた</p>
<p>　　　＝結果的に、ムスリム商人によるインド洋貿易の西の拠点として繁栄した</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　→その後、西の拠点としての海岸地帯では、アラビア語の影響を受けたスワヒリ語が</p>
<p>　　　共通語として用いられた</p>
<p>　　　※スワヒリ（サワーヒリー）とは、アラビア語で「海岸地帯の人々」を意味する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→さらに、海岸地帯の南側にある、サンベジ川の南では１１世紀ころから</p>
<p>　　　鉱産資源とインド洋貿易によって、モノモタパ王国などの国々が活動した</p>
<p>　　　※この繁栄ぶりは、ジンバブエの遺跡によく出ていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・東南アジアのイスラーム化への動きについておさえる</p>
<p>・アフリカのイスラーム化への動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/820">イスラーム化への動きについて　－東南アジアとアフリカ－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>イスラーム勢力の進出とインドの様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/819</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/819#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 16:15:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アイバク]]></category>
		<category><![CDATA[アフガニスタン]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
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		<category><![CDATA[ゴール朝]]></category>
		<category><![CDATA[デリー＝スルタン朝]]></category>
		<category><![CDATA[ヒンドゥー教]]></category>
		<category><![CDATA[ラージプート]]></category>
		<category><![CDATA[奴隷王朝]]></category>

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		<description><![CDATA[イスラーム勢力の進出とインドの様子について考えてみます &#160; &#160; ・イスラーム勢力の進出とインドの様子について &#160; &#160; &#160; 　・アフガニスタンを拠点とするトルコ系のガズナ朝 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/819">イスラーム勢力の進出とインドの様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イスラーム勢力の進出とインドの様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラーム勢力の進出とインドの様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アフガニスタンを拠点とするトルコ系のガズナ朝が出てきた</p>
<p>　・ガズナ朝から独立したイラン系とされるゴール朝が出てきた</p>
<p>　　→この２つのイスラーム勢力は、インドの富を奪うことを目指して、</p>
<p>　　　１０世紀末から北インドに対して軍事的な侵攻を繰り返していった</p>
<p>　</p>
<p>　　※ラージプートと呼ばれるヒンドゥー教の様々な勢力は、お互いの仲が悪かったため、</p>
<p>　　　２つのイスラーム勢力の軍事的な侵攻に対抗することが出来なかった</p>
<p>　　　＝その結果、１３世紀の初めにインドで最初のイスラーム政権が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最初のイスラーム政権になったのは、ゴール朝のインド遠征に同行して、</p>
<p>　　北インドの支配地域の経営を任された将軍のアイバクという人が</p>
<p>　　デリーというところに作った王朝だった</p>
<p>　　※アイバクは、奴隷出身だった</p>
<p>　　　＝そのため、この王朝を奴隷王朝という</p>
<p>　　　　→奴隷王朝を含めて、その後デリーを本拠地をにしたイスラームの様々な王朝を、</p>
<p>　　　　　まとめてデリー＝スルタン朝という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※奴隷王朝は、ハルジー朝、トゥグルク朝、サイイド朝、ロディー朝と続いていった</p>
<p>　　　→これらの王朝の中で、ハルジー朝は、地租の金納化など様々な経済改革を実施した</p>
<p>　　　　＝この経済改革は、後のムガル帝国の経済政策に受け継がれていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラーム勢力の進出によって、初期に以下のようなことが起きた</p>
<p>　　→・仏教の拠点が破壊されて、インドから仏教が消滅した</p>
<p>　　　・ヒンドゥー教の寺院が破壊された</p>
<p>　　　・破壊された寺院のの資材がイスラーム建築に流用されるという例もあった</p>
<p>　　　　※しかし、現実の統治ではイスラーム教が強制されることはなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イスラーム信仰は、バクティやヨーガなどの昔からの信仰と共通する部分もあった</p>
<p>　　　＝そのため、都市の住民やカースト差別に苦しむ人々の間にも</p>
<p>　　　　イスラーム信仰が広まっていった</p>
<p>　　　　※バクティ・・神へ自分の身を捧げること</p>
<p>　　　　　ヨーガ・・苦行を通じて、神との合体を求めること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上のような流れを通して、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・ヒンドゥー教とイスラーム教の両方の要素を融合させた壮大な都市が作られた</p>
<p>　　　・インドのサンスクリット語の作品がペルシア語に翻訳されるということが起きた</p>
<p>　　　　＝結果的に、インド＝イスラーム文化が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イスラーム勢力の進出の様子についておさえる</p>
<p>・インドの様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/819">イスラーム勢力の進出とインドの様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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