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	<title>アラエス &#187; 国際連盟</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>国際秩序と国際組織について　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1866</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1866#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 15:38:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際社会・国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[パリ講和会議]]></category>
		<category><![CDATA[全会一致]]></category>
		<category><![CDATA[勢力均衡]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
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		<category><![CDATA[安全保障のジレンマ]]></category>
		<category><![CDATA[平和14カ条]]></category>
		<category><![CDATA[戦争の違法化]]></category>
		<category><![CDATA[正戦論]]></category>
		<category><![CDATA[集団安全保障]]></category>

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		<description><![CDATA[勢力均衡・集団安全保障・国際連盟について考えてみます &#160; &#160; ※勢力均衡と国際社会が考えられるようになった背景 　→国際社会の安全を保障するために、国際法以外を使った方法が必要だと 　　考えられるよう [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1866">国際秩序と国際組織について　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>勢力均衡・集団安全保障・国際連盟について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※勢力均衡と国際社会が考えられるようになった背景</p>
<p>　→国際社会の安全を保障するために、国際法以外を使った方法が必要だと</p>
<p>　　考えられるようになった</p>
<p>　→戦争への意識や見方が変わってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　※戦争への意識的な変化の歴史</p>
<p>　　・昔・・正戦論（正しい理由があれば、戦争は良いという考え方）があったが、</p>
<p>　　　　　　正戦論が戦争を促すことがあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・１９世紀・・戦争の権利（戦争の自由）を国家に認めた上で、</p>
<p>　　　　　　　　　戦争に関する様々な法律が作られるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・２０世紀以降・・２回の世界大戦が影響して、国家が戦争で何かを訴えることが</p>
<p>　　　　　　　　　　　禁止されるようになった</p>
<p>　　　　　　　　　　　＝このような、国際社会の方向転換を戦争の違法化と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・勢力均衡について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・勢力均衡は、１７世紀から１９世紀までのヨーロッパで生まれて発展していった　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・勢力均衡とは・・国家の力を同じにすることで、異常に力の強い国家から</p>
<p>　　　　　　　　　　侵略されることを防ぐ、という考え方のこと</p>
<p>　　　例：ＡとＢの国が同盟を結んで力をつけたので、ＡとＢが有利にならないように、</p>
<p>　　　　　ＣとＤの国が同盟を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、現実では他の国よりも少しでも大きな力をつけようとして、</p>
<p>　　　軍隊や兵器などを増やしていこうとする動きが出てくる可能性があり、</p>
<p>　　　逆に戦争を引き起こす原因になったこともあった</p>
<p>　　　＝このように、自分の安全のために軍備を増やすと、相手も軍備を増やして</p>
<p>　　　　逆に危険な可能性がある状態を、安全保障のジレンマという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・集団安全保障について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・集団安全保障は、第一次世界大戦後に生まれた考え方だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・集団安全保障とは・・戦争を違法と考えて、集団安全保障に参加している国家の中で、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　戦争などを行う国家が出てきた時、集団安全保障に参加している他の</p>
<p>　　　　　　　　　　　　全ての国が、戦争などを行う国家に罰を加えるという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※集団安全保障は最初に国際連盟が使った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際連盟について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟とは・・アメリカのウィルソン大統領という人が</p>
<p>　　　　　　　　　　平和１４カ条というものを発表した</p>
<p>　　　　　　　　　　→平和１４カ条を土台に、１９１９年に第一次世界大戦の</p>
<p>　　　　　　　　　　　パリ講和会議で作られた国際平和機関のこと</p>
<p>　　※平和１４カ条では、秘密外交（国民に教えないで、政府だけでやる外交）の禁止や</p>
<p>　　　民族自決の原則などを提唱した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟規約（国際連盟で決めた規則）の内容</p>
<p>　　→・紛争の平和的解決の原則（紛争をおだやかに解決すること）</p>
<p>　　　・国際紛争の軍事的解決の禁止（国際紛争は軍事などの戦力を使って</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　止めることをしてはいけない）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟の構成</p>
<p>　　・総会・・加盟している全ての国によって構成される組織のこと</p>
<p>　　・理事会・・戦争で勝った国などによって構成される組織のこと</p>
<p>　　・事務局・・国際連盟の行政に関する事務を行うための組織のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際連盟には、常設国際司法裁判所という施設が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟の開始と失敗について</p>
<p>　　・国際連盟は１９２０年にスタートした、史上初の国際機構だった</p>
<p>　　・国際連盟は、国際紛争の解決に対して、十分に効果を発揮することができなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・国際連盟が国際紛争の解決に貢献できなかった理由</p>
<p>　　　・総会や理事会での会議の時に、全会一致の方式が使われていたので、</p>
<p>　　　　より良い決定をすることができなかった</p>
<p>　　　　※全会一致・・全員が賛成をすることで、その意見が採用される方式のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・連盟で決められた内容の強制力があまり強くなかった</p>
<p>　　　　→強制力が弱かった理由・・加盟国に対して、行動を取るように言うだけで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　侵略をした国に対しては、経済制裁（経済的な罰）しか</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　できなかったから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・世界の力のある大きな国は、連盟を推していたわけではなく、</p>
<p>　　　　国際連盟自体が不安定だった</p>
<p>　　　　→・アメリカ・・国際連盟に加盟しなかった</p>
<p>　　　　　・ソ連・・１９３４年に加入</p>
<p>　　　　　・日本、ドイツ、イタリア・・１９３０年代にどんどん抜けて行った</p>
<p>　</p>
<p>　　　→このような理由があって、国際連盟は第二次世界大戦を防ぐことが</p>
<p>　　　　できなかったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1866">国際秩序と国際組織について　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>国際社会の仕組みについて　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟・国際連合・安全保障理事会－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1705</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1705#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 17:39:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[ダンバートン・オークス会議]]></category>
		<category><![CDATA[勢力均衡]]></category>
		<category><![CDATA[国連憲章]]></category>
		<category><![CDATA[国際社会]]></category>
		<category><![CDATA[国際連合]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[大国一致の原則]]></category>
		<category><![CDATA[安全保障理事会]]></category>
		<category><![CDATA[経済社会理事会]]></category>
		<category><![CDATA[集団安全保障]]></category>

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		<description><![CDATA[国際社会の仕組みについて考えてみます &#160; &#160; ※勢力均衡と国際社会が考えられるようになった背景 　→国際社会の安全を保障するために、国際法以外を使った方法が 　　必要だと考えられるようになった &#038;nb [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1705">国際社会の仕組みについて　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟・国際連合・安全保障理事会－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際社会の仕組みについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※勢力均衡と国際社会が考えられるようになった背景</p>
<p>　→国際社会の安全を保障するために、国際法以外を使った方法が</p>
<p>　　必要だと考えられるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・勢力均衡について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・勢力均衡は、１７世紀から１９世紀までのヨーロッパで生まれて発展していった　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・勢力均衡とは・・国家の力を同じにすることで、異常に力の強い国家から</p>
<p>　　侵略されることを防ぐ、という考え方のこと</p>
<p>　　　例：ＡとＢの国が同盟を結んで力をつけたので、ＡとＢが有利にならないように、</p>
<p>　　　　　ＣとＤの国が同盟を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、現実では他の国よりも少しでも大きな力をつけようとして、</p>
<p>　　　軍隊や兵器などを増やしていこうとする動きが出てくる可能性があり、</p>
<p>　　　逆に戦争を引き起こす原因になったこともあった</p>
<p>　　　＝このように、自分の安全のために軍備を増やすと、</p>
<p>　　　　相手も軍備を増やして逆に危険な可能性がある状態を安全保障のジレンマという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・集団安全保障について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・集団安全保障は、第一次世界大戦後に生まれた考え方だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・集団安全保障とは・・戦争を違法と考えて、集団安全保障に参加している国家の中で、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　戦争などを行う国家が出てきた時、集団安全保障に参加している</p>
<p>　　　　　　　　　　　　他の全ての国が、戦争などを行う国家に罰を加える</p>
<p>　　　　　　　　　　　　という考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※集団安全保障は最初に国際連盟が使った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際連盟について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟とは・・アメリカのウィルソン大統領という人が</p>
<p>　　　　　　　　　　平和１４カ条というものを発表した</p>
<p>　　　　　　　　　　→平和１４カ条を土台に、１９１９年に第一次世界大戦の</p>
<p>　　　　　　　　　　　パリ講和会議で作られた国際平和機関のこと</p>
<p>　　※平和１４カ条では、秘密外交（国民に教えないで、政府だけでやる外交）の禁止や</p>
<p>　　　民族自決の原則などを提唱した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟規約（国際連盟で決めた規則）の内容</p>
<p>　　→・紛争の平和的解決の原則（紛争をおだやかに解決すること）</p>
<p>　　　・国際紛争の軍事的解決の禁止（国際紛争は軍事などの戦力を使って</p>
<p>　　　　止めることをしてはいけない）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟の構成</p>
<p>　　・総会・・加盟している全ての国によって構成される組織のこと</p>
<p>　　・理事会・・戦争で勝った国などによって構成される組織のこと</p>
<p>　　・事務局・・国際連盟の行政に関する事務を行うための組織のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際連盟には、常設国際司法裁判所という施設が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟の開始と失敗について</p>
<p>　　・国際連盟は１９２０年にスタートした、史上初の国際機構だった</p>
<p>　　・国際連盟は、国際紛争の解決に対して、十分に効果を発揮することができなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・国際連盟が国際紛争の解決に貢献できなかった理由</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・総会や理事会での会議の時に、全会一致の方式が使われていたので、</p>
<p>　　　　より良い決定をすることができなかった</p>
<p>　　　　※全会一致・・全員が賛成をすることで、その意見が採用される方式のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・連盟で決められた内容の強制力があまり強くなかった</p>
<p>　　　　→強制力が弱かった理由・・加盟国に対して、行動を取るように言うだけで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　侵略をした国に対しては、経済制裁（経済的な罰）しか</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　できなかったから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・世界の力のある大きな国は、連盟を推していたわけではなく、</p>
<p>　　　　国際連盟自体が不安定だった</p>
<p>　　　　→・アメリカ・・国際連盟に加盟しなかった</p>
<p>　　　　　・ソ連・・１９３４年に加入</p>
<p>　　　　　・日本、ドイツ、イタリア・・１９３０年代にどんどん抜けて行った</p>
<p>　</p>
<p>　　　→このような理由があって、国際連盟は第二次世界大戦を防ぐことが</p>
<p>　　　　できなかったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際連合について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際機関が平和と安全を守るという考え方は、第二次世界大戦後に国際連合という機関で</p>
<p>　　改めて考えられるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連合の土台と背景</p>
<p>　　・国際連合の土台→アメリカとイギリスによって発表された大西洋憲章というものが</p>
<p>　　　　　　　　　　　土台になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※１９４４年のダンバートン・オークス会議という会議の後に、</p>
<p>　　　国際連合を実際に作る動きが進んでいった</p>
<p>　　　→その後、１９４５年にサンフランシスコ会議という会議で、</p>
<p>　　　　国連憲章（国連での憲法のようなもので、根本的なルールのこと）が考えられ、</p>
<p>　　　　１９４５年１０月に国際連合が作られた</p>
<p>　　　　※最初の国際連合の加盟国は５１カ国だった</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連合の目的と存在する委員会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・国際連合は、様々な面から、国際問題を解決したり国どうしでの協力を</p>
<p>　　　促したりすることが目的だと言われている</p>
<p>　　　→このような目的の達成のために様々な機関が作られるようになった</p>
<p>　　　　・機関の例・・総会、安全保障理事会、経済社会理事会、信託統治理事会、</p>
<p>　　　　　　　　　　　国際司法理事会、事務局などがある</p>
<p>　　　　　※これ以外に、多くの問題を解決するための専門機関や専門委員会などもある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※事務局について</p>
<p>　　　・国際連合の事務局のトップを国連事務総長と言い、</p>
<p>　　　　国連事務総長は、安全保障理事会の意見を土台にして、総会で決められる　　　　　　</p>
<p>　　　　※任期は決められてはいないが、歴史的には５年となっていて、</p>
<p>　　　　　再任（もう一度選ばれること）も可能</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・安全保障理事会は、最も強い権限を持っていて、</p>
<p>　　　国際の平和と安全の維持を行う責任を持っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・安全保障理事会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・安全保障理事会の構成</p>
<p>　　→常任理事国（アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の５カ国）と、</p>
<p>　　　国際連合の総会で選ばれた非常任理事国（任期が２年で、１０カ国が選ばれる）で</p>
<p>　　　構成される</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・安全保障理事会に関する手続きの内容については、９か国以上の賛成で決定となる</p>
<p>　</p>
<p>　・それ以外の内容（実質事項と言う）については、常任理事国が拒否権を持っていて、</p>
<p>　　常任理事国のうち１カ国でも反対をした場合は、賛成とならず、決定もされない</p>
<p>　　＝このようなルールを、大国一致の原則と言う</p>
<p>　</p>
<p>　　→以上のようなルールがあるので、常任理事国どうしの間で対立やケンカがあると、</p>
<p>　　　安全保障理事会は様々なことを決めるのが難しくなり、安全保障理事会の力が</p>
<p>　　　極端に小さくなってしまう</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※実際に、冷戦の時はアメリカとソ連が対立していたので、拒否権が何回も使われ、</p>
<p>　　　　安全保障理事会が上手に機能していなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・安全保障理事会が拒否権を使うことで、上手に機能しない時は・・</p>
<p>　　→総会が、国際の平和と安全のための集団的措置を加盟国に呼びかけることができる</p>
<p>　　　＝このような仕組みを、「平和のための結集」決議と言う</p>
<p>　　　※「平和のための結集」決議で集団的措置を呼び掛けるには、</p>
<p>　　　　総会で３分の２以上の賛成を得る必要がある　</p>
<p>　　　※集団的措置・・平和や安全を破壊した国があった場合、他の国が様々な方法を使って、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　平和や安全の維持の方向へ持って行くこと　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→総会は、通常の会期じゃない時でも、緊急特別総会という名前のもとで</p>
<p>　　　会議を行う事が出来る</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・経済社会理事会について</p>
<p>　・経済社会理事会とは・・総会の権力の下で、様々な機関と連携を取りながら、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　国際的な取り組みをする機関のこと</p>
<p>　　※経済社会理事会と連携する機関の例</p>
<p>　　　→世界保健機構（ＷＨＯ）、国際労働機関（ＩＬＯ）、</p>
<p>　　　　国連教育科学文化機関（ＵＮＥＳＣＯ）、国際通貨基金（ＩＭＦ）など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・勢力均衡と集団安全保障の考え方をおさえる</p>
<p>・国際連盟の歴史、背景、内容、構成、問題点、仕組みなどを押さえる</p>
<p>・国際連合の歴史、背景、内容、構成、問題点、仕組みなどを押さえる</p>
<p>・安全保障理事会の仕組みや問題点を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1705">国際社会の仕組みについて　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟・国際連合・安全保障理事会－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>三国防共協定について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1306</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1306#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 08:07:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和時代・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[ベルリン＝ローマ枢軸]]></category>
		<category><![CDATA[一党独裁体制]]></category>
		<category><![CDATA[全体主義体制]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[広田弘毅]]></category>
		<category><![CDATA[日独伊三国防共協定]]></category>
		<category><![CDATA[日独防共協定]]></category>
		<category><![CDATA[枢軸]]></category>
		<category><![CDATA[第1次五カ年計画]]></category>

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		<description><![CDATA[三国防共協定について考えてみます &#160; &#160; ・三国防共協定について &#160; &#160; 　※ベルサイユ体制とワシントン体制という第一次世界大戦後の世界秩序を維持するためには 　　以下の２つの条件 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1306">三国防共協定について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>三国防共協定について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・三国防共協定について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ベルサイユ体制とワシントン体制という第一次世界大戦後の世界秩序を維持するためには</p>
<p>　　以下の２つの条件が必要だったと言われている</p>
<p>　　→・世界経済の調子が良く、規模が拡大していること</p>
<p>　　　・平和維持の価値が認められていること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、世界恐慌が起きたため、世界経済の調子が良いとは言えなくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本が満州事変を行ってワシントン体制を揺るがしているころに、</p>
<p>　　ドイツとイタリアが以下のような行動を取った</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ドイツ</p>
<p>　　　→・１９３３年に全体主義体制（ナチズム）を作った</p>
<p>　　　　・ベルサイユ体制を崩すことを考えて、国際連盟から抜けた</p>
<p>　　　　・１９３５年に、今まで禁止されていた武装を再び行うようになった</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・イタリア</p>
<p>　　　→・一党独裁の体制（ファシズム）が作られた</p>
<p>　　　　・１９３５年にエチオピアという国への侵略をきっかけに、</p>
<p>　　　　　国際連盟と対立するようになった</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３６年に、スペインで内乱が起きた</p>
<p>　　→この時に、ドイツとイタリアが友好関係を深め、</p>
<p>　　　ベルリン＝ローマ枢軸という枢軸を作った</p>
<p>　　　※枢軸・・世界の中心となるべき国々の協力関係のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連が、１９２８年～１９３２年の間に第１次５ヵ年計画という計画を立てた</p>
<p>　　→この計画によって、重工業の推進と、農業の集団化の推進を行った</p>
<p>　　　＝その結果、ソ連の国力が急激に高まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、ソ連は以下のような動きが起きた</p>
<p>　　→・１９３３年に、アメリカがソ連を承認した</p>
<p>　　　・１９３５年に、ソ連が国際連盟に加入した</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　→このようにして、国際社会の中でソ連の役割が大きくなっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような状況で、当時、ソ連を中心とした国際的な共産主義の運動が起きていた</p>
<p>　　→そこで、広田弘毅内閣は共産主義の運動に対抗するために、</p>
<p>　　　１９３６年に日本とドイツとの間で、日独防共協定という協定を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→日独防共協定に、次の年の１９３７年にイタリアが参加した</p>
<p>　　　＝日本、ドイツ、イタリアの３国が組んだこの協定のことを、</p>
<p>　　　　日独伊三国防共協定という</p>
<p>　　　　※この協定に参加した後に、イタリアは国際連盟を脱退した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このようにして、国際的に孤立していった日本・ドイツ・イタリアの３国が</p>
<p>　　　ソ連に反対する立場で結束して、枢軸としての陣営が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・三国防共協定を中心に当時の様子を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1306">三国防共協定について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
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		<title>政党内閣の終了と国際連盟の脱退について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1301</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1301#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 07:41:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和時代・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[リットン調査団]]></category>
		<category><![CDATA[ロンドン海軍軍縮会議]]></category>
		<category><![CDATA[三月事件]]></category>
		<category><![CDATA[五・一五事件]]></category>
		<category><![CDATA[十月事件]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[政党内閣]]></category>
		<category><![CDATA[日中軍事停戦協定]]></category>
		<category><![CDATA[満州国]]></category>
		<category><![CDATA[血盟団事件]]></category>

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		<description><![CDATA[政党内閣の終了と国際連盟の脱退について考えてみます &#160; &#160; ・政党内閣の終了について &#160; &#160; 　・ロンドン海軍軍縮会議での統帥権干犯問題、昭和恐慌、満州事変などをきっかけに、 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1301">政党内閣の終了と国際連盟の脱退について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>政党内閣の終了と国際連盟の脱退について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・政党内閣の終了について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロンドン海軍軍縮会議での統帥権干犯問題、昭和恐慌、満州事変などをきっかけに、</p>
<p>　　軍人や右翼などによる国家改造運動というのが急激に活発になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→陸軍や海軍の青年や右翼の人達は、日本が停滞してしまう原因は、</p>
<p>　　　財閥や政党などの支配する階層の人達が無能であり、</p>
<p>　　　腐敗しているからだと考えた</p>
<p>　　　＝そこで、支配層の人達を倒して、軍を中心とした内閣を作ることで、</p>
<p>　　　　国内と国外の政策を大きく変えることが必要だと考えた</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３１年に、陸軍の青年が、三月事件と十月事件という、</p>
<p>　　クーデターの未遂事件を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※三月事件</p>
<p>　　　→橋本欣五郎という人をトップに置いた陸軍の青年の秘密結社である</p>
<p>　　　　桜会という団体が、右翼の指導者である大川周明という人の協力と</p>
<p>　　　　陸軍の一部の賛同を得て、軍部政権を作るためのクーデターを計画したが、</p>
<p>　　　　結局クーデターが起きなかった、という事件のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※十月事件</p>
<p>　　　→桜会が大川周明などの右翼と手を組んで政党内閣を倒して、</p>
<p>　　　　満州事変に合わせる形で強引に国内の改造を行うための</p>
<p>　　　　クーデターを企画したが、未然にバレてまた失敗した、という事件のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３２年の２月～３月に、井上日召という人を中心した右翼の血盟団という</p>
<p>　　団体の団員が、元大蔵大臣の井上準之助と三井合名会社理事長の団琢磨という人を</p>
<p>　　暗殺する、という事件が起きた</p>
<p>　　＝この事件を、血盟団事件という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３２年５月１５日に海軍の青年の一団が首相官邸に入って、</p>
<p>　　犬養毅首相を射殺するという事件を起こした</p>
<p>　　＝この事件を五・一五事件という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・上のような一連のテロ活動は、支配層を脅かしたと言われている</p>
<p>　　→そこで、元老の西園寺公望という人は穏健派で海軍の大将だった斉藤実という人を</p>
<p>　　　次の首相に任命した</p>
<p>　　　＝この時に、大正の終わりから８年続いた政党内閣が終了した</p>
<p>　　　　※政党内閣は太平洋戦争の後まで復活しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際連盟の脱退について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３２年９月に、斉藤実内閣は日満議定書という議定書をやりとりして、</p>
<p>　　満州国を認めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※満洲国について</p>
<p>　　　・満洲国は、日本の権益と日本軍の無条件の駐屯を認めた</p>
<p>　　　・満州の交通機関の管理を日本に任せることを決めた</p>
<p>　　　・関東軍司令官の推薦と同意に基づいて、満州国政府の重要なポジションに</p>
<p>　　　　日本人を使うことを決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、満洲国については今までの事実を掘り返すことで国際連盟に</p>
<p>　　対抗することを考えていた</p>
<p>　　→一方で、連盟国側は１９３３年２月の臨時総会の時に、リットン調査団の</p>
<p>　　　報告をもとにして、満州国は日本に操られている国家だということを認定した</p>
<p>　　　＝そのため、満州国の承認を日本が撤回するということを求める勧告案を</p>
<p>　　　　臨時総会で採択した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※リットン調査団の報告書の内容について</p>
<p>　　　　・満州国は満州の人達が自分から動いて独立運動を起こすことで、</p>
<p>　　　　　作られたものではない</p>
<p>　　　　・日本の軍事行動は、自分の国を守るための軍事行動ではない</p>
<p>　　　　・日本の満州での経済面に関する利益は中国側が配慮をする必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の臨時総会に参加していた、松岡洋右という人を中心とした日本のチームは、</p>
<p>　　勧告案を採択した総会の会場から出ていった</p>
<p>　　→そして、日本政府は３月に、正式に国際連盟からの脱退を伝えた</p>
<p>　　　（発効されたのは１９３５年だった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際連盟の脱退を決めた後の日本について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３３年５月に、日中軍事停戦協定（塘沽停戦協定）が結ばれた</p>
<p>　　→この協定によって、満州事変自体は終了した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※日中軍事停戦協定の内容について</p>
<p>　　　　・河北省の東北部の冀東という地域から、中国軍と日本軍の両方を撤退させる</p>
<p>　　　　・冀東を非武装地帯（軍隊や軍事施設を置かない地帯）とした</p>
<p>　　　　・冀東の治安維持は中国警察が行う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・しかし、日本は満州の経営と開発を行おうとした</p>
<p>　　→そのため、１９３４年に溥儀を皇帝にするという帝政に満州国を移行させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３６年に、日本が第２次ロンドン海軍軍縮会議という会議を脱退して、</p>
<p>　　ロンドン条約が効力を失った</p>
<p>　　→そのため、１９３４年に廃棄を伝えていたワシントン海軍軍縮条約も効力を失った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→以上のような状況だったので、当時の日本は国際的に孤立していたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・政党内閣が終了するまでの流れを押さえる</p>
<p>・国際連盟の脱退の流れを押さえる</p>
<p>・日本が国際連盟の脱退を決めた後の動きを押さえる</p>
<p>　</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1301">政党内閣の終了と国際連盟の脱退について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1289</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1289#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 04:17:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大正時代]]></category>
		<category><![CDATA[ウィルソン]]></category>
		<category><![CDATA[パリ講和会議]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェルサイユ体制]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェルサイユ条約]]></category>
		<category><![CDATA[三・一独立運動]]></category>
		<category><![CDATA[五・四運動]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[委任統治権]]></category>
		<category><![CDATA[山東半島]]></category>
		<category><![CDATA[独立宣言朗読会]]></category>

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		<description><![CDATA[パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について考えてみます &#160; &#160; ・パリ講和会議について &#160; &#160; 　・アメリカ大統領のウィルソンという人が議会に１４カ条を提唱して、 　　その提唱をド [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1289">パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・パリ講和会議について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカ大統領のウィルソンという人が議会に１４カ条を提唱して、</p>
<p>　　その提唱をドイツが受け入れた</p>
<p>　　→この受け入れによって、１９１８年１１月に、休戦が成り立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※１４カ条の内容について</p>
<p>　　　・これは、１９１８年１月１８日にウィルソンが議会に出した教書のこと</p>
<p>　　　・内容は、秘密外交の禁止、全ての経済障壁の撤廃、国際的な連合の設立</p>
<p>　　　　などの１４カ条だった</p>
<p>　　　　※ただし、賠償問題には触れていなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・休戦が成立した次の年に、パリで講和会議が開かれた</p>
<p>　　※日本は、連合国の１つとして、西園寺公望や牧野伸顕などをパリに送った</p>
<p>　　　→この時の会議で、６月に講和条約を調印した</p>
<p>　　　　＝この条約をヴェルサイユ条約という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※ヴェルサイユ条約の内容</p>
<p>　　　　　・ドイツ側に大量の賠償金を求める</p>
<p>　　　　　・ドイツ側の軍備を制限した</p>
<p>　　　　　・ドイツの土地の一部を譲り渡す</p>
<p>　　　　　　→このような、厳しいものだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、民族自決の原則の考え方によって東欧で多くの独立国家を誕生させた</p>
<p>　　→さらに、国際紛争を平和に解決することや国際協力を行っていくための機関として</p>
<p>　　　国際連盟を作ることを決めた</p>
<p>　　　＝このように、ヴェルサイユ条約を土台にしたヨーロッパでの</p>
<p>　　　　新しい国際のルールを、ベルサイユ体制という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※国際連盟について</p>
<p>　　　　・国際連盟は１９２０年に誕生した</p>
<p>　　　　・それぞれの国の行動を規制するために、国際法を作った</p>
<p>　　　　・戦争を行わずに、それぞれの国の協調を促そうとした</p>
<p>　　　　　※ただし、戦争で勝った国に有利にする状況を維持するものもあった</p>
<p>　　　　・日本は、イギリス、フランス、イタリアの３国と一緒に常任理事国になった</p>
<p>　　　　・国際連盟を提唱したアメリカは、上院に反対されたため、</p>
<p>　　　　　国際連盟に参加できなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中国や朝鮮での民族運動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、ヴェルサイユ条約によって、山東半島のドイツの利益を</p>
<p>　　引き続き受け継ぐことを認められた</p>
<p>　　→これと同時に、赤道より北側のドイツ領の南洋諸島の委任統治権という権利を得た</p>
<p>　　　※委任統治権・・植民地のような地域に関する統治の権利のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ヴェルサイユ条約の時に、日本は人種差別撤廃条約をすごく推した</p>
<p>　　　→日本がこの条約を推した理由に様々な説があるが、</p>
<p>　　　　大きくは以下の２つあると言われている</p>
<p>　　　　・山東半島に関する問題の時の取引材料として使おうとした</p>
<p>　　　　・国際連盟が白人人種を中心にした連盟になることを防ぎたかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※山東問題については、会議のときからアメリカなどは反対していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような状況で、中国は１９１９年５月４日から北京などで</p>
<p>　　山東半島の返還などを求めて、学生や労働者などが反日の国民運動を行った</p>
<p>　　＝この出来事を五・四運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→中国はこれに加えて、二十一カ条の要求の内容を撤廃することを要求したものの</p>
<p>　　　会議で拒否された</p>
<p>　　　＝そのため、中国はヴェルサイユ条約に調印しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、民族自決という考え方が国際レベルで広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その状況の中で、東京に住んでる朝鮮人の学生、</p>
<p>　　　日本に支配されている朝鮮の学生や宗教団体などが</p>
<p>　　　朝鮮の独立を求める運動が起きた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※１９１９年３月１日に京城（現在のソウル）の</p>
<p>　　　　パゴダ公園（現在のタプッコル公園）というところで独立宣言朗読会</p>
<p>　　　　という会を開いた</p>
<p>　　　　→この会をきっかけに、朝鮮全体で独立を求める人々の運動が始まった</p>
<p>　　　　　＝この運動を三・一独立運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮の三・一独立運動は、基本的に平和で暴力を行わないものだった</p>
<p>　　※しかし、朝鮮総督府は警察や憲兵、軍隊などを使って、</p>
<p>　　　三・一独立運動を厳しく抑えつけた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ただし、国際の意見を配慮することと、原内閣の考え方により、</p>
<p>　　　今までは朝鮮総督府が現役の軍人だけだったものを、文官までに拡大したり、</p>
<p>　　　憲兵を廃止したりするなどの、少しの改善を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・パリ講和会議について押さえる</p>
<p>・中国と朝鮮の民族運動について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1289">パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>枢軸の形成について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1045</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1045#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 10:48:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[イタリア]]></category>
		<category><![CDATA[ナチス＝ドイツ]]></category>
		<category><![CDATA[ベルリン＝ローマ枢軸]]></category>
		<category><![CDATA[ムッソリーニ]]></category>
		<category><![CDATA[三国枢軸]]></category>
		<category><![CDATA[三国防共協定]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[枢軸]]></category>

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		<description><![CDATA[枢軸の形成について考えてみます &#160; &#160; ・枢軸の形成について 　 　 　・当時のイタリアは、経済の土台が不安定だったため、世界恐慌によって 　　すぐイタリア経済がダメになった 　　→そこでムッソリーニ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1045">枢軸の形成について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>枢軸の形成について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・枢軸の形成について</p>
<p>　</p>
<p>　</p>
<p>　・当時のイタリアは、経済の土台が不安定だったため、世界恐慌によって</p>
<p>　　すぐイタリア経済がダメになった</p>
<p>　　→そこでムッソリーニは、外国への侵略によって、現状を脱出しようとした　</p>
<p>　　　※そのためイタリアは、１９３５年にエチオピアに侵攻し、</p>
<p>　　　　１９３６年に全土を征服した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イタリアの侵略に対して、国際連盟はイタリアを侵略国と認め、</p>
<p>　　　連盟最初の経済制裁を実行した</p>
<p>　　　※しかし、内容は不十分だったため、国際連盟の権威がそこなわれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イタリアはこの時に、ナチス＝ドイツに近づいた</p>
<p>　　　＝その結果、１９３６年にベルリン＝ローマ枢軸というのを結成した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時のスペインでは、１９３１年に王政が倒れた後に、政治が混乱状態だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３６年の選挙で、人民戦線派が勝利して、政府を組織した</p>
<p>　　→すると、軍人のフランコという人が旧王党派や地主層などの保守派の支持を得て</p>
<p>　　　反乱を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この動きに対して、イギリスとフランスは関わらない立場を取った</p>
<p>　　　※しかし、イタリアが地中海地域の支配を狙っていたため、ナチス＝ドイツと一緒に</p>
<p>　　　　フランコ側を支持した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→政府側は、ソ連の援助や、欧米の社会主義者や知識人が集まった国際義勇軍の</p>
<p>　　　支援があった</p>
<p>　　　※国際義勇軍には、アメリカのヘミングウェーやイギリスのオーウェルなどの</p>
<p>　　　　有名な作家が参加し、それぞれの人が内戦をえがいた作品を残している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→内戦は、小規模の国際紛争になった</p>
<p>　　　＝結果は、フランコ側が１９３９年にマドリードを陥落させて勝利した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・人民戦線の結成など国際共産主義運動の動きに対抗して、１９３６年日本とドイツが</p>
<p>　　防共協定を結んだ</p>
<p>　　→防共協定は、１９３７年にイタリアも参加して、三国防共協定に拡大された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イタリアは、日本とドイツのように、１９３７年に国際連盟を脱退した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上のような動きを受けて、日本、ドイツ、イタリアが</p>
<p>　　　ヴェルサイユ体制とワシントン体制に挑戦する形で三国枢軸を作っていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・枢軸が誕生する背景についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1045">枢軸の形成について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>満州事変について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1041</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1041#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 09:50:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[リットン調査団]]></category>
		<category><![CDATA[上海事変]]></category>
		<category><![CDATA[二・二六事件]]></category>
		<category><![CDATA[五・一五事件]]></category>
		<category><![CDATA[八・一宣言]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[満州事変]]></category>
		<category><![CDATA[溥儀]]></category>
		<category><![CDATA[西安事件]]></category>
		<category><![CDATA[関東軍]]></category>

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		<description><![CDATA[満州事変について考えてみます &#160; &#160; ・満州事変について &#160; &#160; 　・日本は、第一次世界大戦の時の好景気によって工業を発展させた 　　※しかし、１９２３年ころから貿易の調子が悪くな [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1041">満州事変について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>満州事変について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・満州事変について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、第一次世界大戦の時の好景気によって工業を発展させた</p>
<p>　　※しかし、１９２３年ころから貿易の調子が悪くなった</p>
<p>　　　→さらに、１９２７年には金融恐慌が発生した</p>
<p>　　　　＝そして、１９２９年の世界恐慌によって、日本が大きなダメージを受けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の経済面では、混乱が発生すると同時に労働争議が多発し、社会不安が広がった</p>
<p>　　※しかし、日本の既成の政党は政権争いを続けていたため、国民の信頼を失った</p>
<p>　　　＝そこで軍部は、経済危機を大陸での支配圏の拡大によって解決することを考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３１年９月に、日本の関東軍は中国東北地方（当時の日本は「満州」と呼んでいた）の</p>
<p>　　柳条湖で鉄道を爆破するということを起こした</p>
<p>　　→日本は、この爆破を口実にして、軍事行動を起こし、東北地方の大半を占領してしまった</p>
<p>　　　＝この出来事を満州事変という</p>
<p>　　　　※日本の軍部は、国際社会の注目をそらすために、１９３２年に上海事変を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の軍事行動は国際的に批判された</p>
<p>　　※さらに、中国の提訴によって国際連盟がリットン調査団という団体の派遣を決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・関東軍は、既成事実を作るために、１９３２年３月に、清朝最後の皇帝だった溥儀という人を</p>
<p>　　執政（のちの皇帝）に置いて、中国東北地方に満州国を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・リットン調査団は、軍事行動が自分達を守るためのものであるという日本の主張をしりぞけた</p>
<p>　　※この主張のしりぞけを、国際連盟も支持した</p>
<p>　　　＝そのため、日本は１９３３年３月に、国際連盟脱退を通告された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・この後、日本の侵攻は、熱河方面に向かっていった</p>
<p>　　※一時は、長城を超えて北京にせまり、華北支配を狙うようになった</p>
<p>　　→華北支配と並行する形で、一部の軍人はテロやクーデタ事件を起こして、</p>
<p>　　　国内での影響力を強めようとした</p>
<p>　　　※代表的なテロやクーデタに、</p>
<p>　　　　１９３２年の五・一五事件、</p>
<p>　　　　１９３６年の二・二六事件などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本軍は、１９３５年に、防共の名目で内モンゴルと華北に侵攻した</p>
<p>　　→その時日本は、河北省東部に国民政府から分離した冀東防共自治政府を設置させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で中国は、１９２８～３０年に関税自主権回復を達成したことで、国民政府が力を得た</p>
<p>　　→この時に、国内の政治的かつ軍事的な統一を目指した</p>
<p>　　　＝そのため中国は、満州事変などの日本の軍事行動への対応よりも、</p>
<p>　　　　共産党との戦いに力を入れた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３４年に、瑞金という人を中心とする共産党軍は、国民政府軍の攻撃を受けて、</p>
<p>　　延安を中心とする奥地の陝西省と甘粛省を目指す長征というのを実行した</p>
<p>　　※この動きの過程で、共産党内の毛沢東の指導力が高まっていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３５年に、国民政府はイギリスとアメリカ合衆国の援助で通貨を統一した</p>
<p>　　※今まで中国の通貨は基本的に銀で、紙幣を各銀行が発行していたため、</p>
<p>　　　通貨の価値や範囲が不安定だった</p>
<p>　　　→そこで国民政府は、銀を禁止して、ポンドに連動した四大銀行が発行する銀行券を</p>
<p>　　　　国内通貨として定めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝これら一連の動きによって、中国の地方の軍閥の力が弱められ、</p>
<p>　　　国内統一への方向がさらに進んでいった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・満州事変をきっかけに中国の抗日運動が全国に広まっていった</p>
<p>　　→そこで中国は、１９３５年８月に中国共産党が八・一宣言を出して、</p>
<p>　　　内戦の停止と民族統一戦線の結成を呼び掛けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西安にいた張学良という人は、上のような状況を見て、共産党への攻撃を促した蒋介石を</p>
<p>　　捉えて、日本への対抗と内戦の停止を説得した</p>
<p>　　＝この出来事を西安事件という</p>
<p>　　　→西安事件の時に、蒋介石は説得を受け入れたため、その後に国共がふたたび接近した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・満州事変についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　　</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1041">満州事変について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>世界恐慌とその影響について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1038</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1038#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 09:31:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ合衆国]]></category>
		<category><![CDATA[ウォール街]]></category>
		<category><![CDATA[ジュネーヴ軍縮会議]]></category>
		<category><![CDATA[ナチス＝ドイツ]]></category>
		<category><![CDATA[ファシズム]]></category>
		<category><![CDATA[フーヴァー＝モラトリアム]]></category>
		<category><![CDATA[世界恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[全体主義的国家体制]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>

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		<description><![CDATA[世界恐慌とその影響について考えてみます &#160; &#160; ・世界恐慌とその影響について &#160; &#160; 　※世界恐慌とは 　　・１９２９年１０月に、ニューヨーク株式市場（ウォール街）で株価が暴落する [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1038">世界恐慌とその影響について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>世界恐慌とその影響について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界恐慌とその影響について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※世界恐慌とは</p>
<p>　　・１９２９年１０月に、ニューヨーク株式市場（ウォール街）で株価が暴落する</p>
<p>　　　ということが起きた</p>
<p>　　　→この暴落によって、アメリカ合衆国が空前の恐慌に見舞われた</p>
<p>　　　　＝この恐慌を、世界恐慌という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※世界恐慌によって、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　・工業生産が急落した</p>
<p>　　・企業が大量に倒産した</p>
<p>　　・商業や貿易の不振が急激に進んだ</p>
<p>　　　＝これらは銀行などの金融機関の危機に波及した</p>
<p>　　・労働者の４人に１人が失業した</p>
<p>　　・国民の生活水準が大きく低下した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※なぜ、世界恐慌が起きたのか</p>
<p>　　・世界的に農業が不況で、農民がダメージを受けた</p>
<p>　　・高い関税の政策、賠償や戦債の支払いなどが国際貿易の流れを妨害した</p>
<p>　　・合衆国に集中した資金が土地や株式への投機に使われた　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→アメリカの世界恐慌は、世界全体に広がっていった</p>
<p>　　※アメリカから資本を引き上げたヨーロッパの国々も恐慌の影響を受けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時のアメリカの大統領だったフーヴァーという人は、</p>
<p>　　　１９３１年にフーヴァー＝モラトリアムを宣言した</p>
<p>　　　→しかし、この宣言に効果はなかった</p>
<p>　　　　※フーヴァー＝モラトリアム・・賠償と戦債の支払いを１年間停止すること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界恐慌によって、世界各国は国内の対応が忙しすぎたため、</p>
<p>　　国際問題に対して消極的な国が増えた</p>
<p>　　→そのため、１９３２年から始まったジュネーヴ軍縮会議が成果なく閉鎖した</p>
<p>　　→さらに、国際連盟の活動も低迷した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、以下の国のように、国際連盟から脱退して、</p>
<p>　　武力で自分の国の要求を押し通そうとする国が出てきた</p>
<p>　　→・ナチス＝ドイツ</p>
<p>　　　・軍部の主導による、上からの全体主義的国家体制を目指した日本</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今までイタリアだけだったファシズムの考え方も、</p>
<p>　　世界恐慌の中で注目されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・世界恐慌の概要についておさえる</p>
<p>・世界恐慌による世界全体への影響についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1038">世界恐慌とその影響について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>第一次世界大戦の時の日本の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1031</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1031#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 08:11:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[シベリア出兵]]></category>
		<category><![CDATA[パリ講和会議]]></category>
		<category><![CDATA[三・一独立運動]]></category>
		<category><![CDATA[九カ国条約]]></category>
		<category><![CDATA[二十一カ条の要求]]></category>
		<category><![CDATA[五・四運動]]></category>
		<category><![CDATA[同化政策]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[大韓民国臨時政府]]></category>
		<category><![CDATA[委任統治権]]></category>

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		<description><![CDATA[第一次世界大戦の時の日本の様子について考えてみます &#160; &#160; ・第一次世界大戦の時の日本の様子について &#160; 　※第一次大戦によって欧米の国々が弱くなっていったことは、 　　日本が新しく海外に進 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1031">第一次世界大戦の時の日本の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>第一次世界大戦の時の日本の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・第一次世界大戦の時の日本の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第一次大戦によって欧米の国々が弱くなっていったことは、</p>
<p>　　日本が新しく海外に進出するきっかけになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、第一次大戦が始まった後、ドイツに宣戦した</p>
<p>　　→すると日本は、中国にあるドイツの租借地膠州湾（青島）と、</p>
<p>　　　太平洋上のドイツ領南洋諸島を占領した</p>
<p>　</p>
<p>　・また日本は、１９１５年１月に、中国に対して二十一カ条の要求をつきつけた</p>
<p>　　→袁世凱政権は、中国の主権を無視するものとして最初は二十一カ条の要求を拒否した</p>
<p>　　　※しかし、軍事力を背景にして日本が中国を圧迫したため、</p>
<p>　　　　二十一カ条の要求の承認に追い込まれた</p>
<p>　　　　＝このため、中国人の日本に対する感情が急激に悪くなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そして日本は、第一次大戦の末期にシベリア出兵に加わった</p>
<p>　　※日本は、他国が兵を撤退してからも革命勢力の阻止を理由にして、</p>
<p>　　　最後まで軍を置いといた</p>
<p>　　　→そのため、シベリア出兵が国内外から批判を浴びた</p>
<p>　　　　＝そこで日本は、１９２２年に軍を引き上げた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本が統治していた朝鮮では、ロシア革命や世界各国の民族自決の流れに乗っかって、</p>
<p>　　独立への要求が高まってきた</p>
<p>　　</p>
<p>　・１９１９年３月１日に、ソウルで独立万歳をさけぶデモが始まった</p>
<p>　　→このデモは、すぐに全国に広がっていった</p>
<p>　　　＝この運動を三・一独立運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→朝鮮総督府は、軍隊を使って三・一独立運動を鎮圧した</p>
<p>　　　※しかし、朝鮮はこの事件に衝撃をうけた</p>
<p>　　　　＝そのため、武断政治をある程度ゆるめて、「文化政治」と呼ばれる</p>
<p>　　　　　同化政策に変わっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９１９年４月に、朝鮮の独立運動に関する様々な団体を統合して、</p>
<p>　　　大韓民国臨時政府が上海で結成された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年のパリ講和会議で、中国は以下のような要求を出した</p>
<p>　　→・二十一カ条の要求の取り消し</p>
<p>　　　・山東のドイツ利権の返還の提訴　　など</p>
<p>　　　　＝これらの要求は、列国によって却下された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→中国は要求の却下に抗議して、１９１９年５月４日に、北京大学の学生を中心に</p>
<p>　　　抗議デモが行なわれた</p>
<p>　　　※このデモは、以下のような動きを見せるようになった</p>
<p>　　　　・条約反対や排日の声になって各地に波及した</p>
<p>　　　　・日本商品の排斥やストライキが起きた</p>
<p>　　　　・幅広い層を巻き込んだ愛国運動に発展していった</p>
<p>　　　　　＝５月４日に行われたデモを、五・四運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そのため、中国政府もヴェルサイユ条約の調印を拒否せざるを得なかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・パリ講和会議で日本は、以下のようなことが認められた</p>
<p>　　→・日本がドイツ権益の継承を認められた</p>
<p>　　　・赤道以北のドイツ領南洋諸島の委任統治権を得た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また日本は、国際連盟の常任理事国になり、国際的な地位を向上させた</p>
<p>　　→しかし列国は、東アジアで日本の勢力が拡大することに対して</p>
<p>　　　警戒心を抱くようになった</p>
<p>　　　※そこで、ワシントン会議ではアメリカやイギリスなどが中国の主張を支持した</p>
<p>　　　　＝その結果、九カ国条約で中国の主権尊重と領土保全の約束、</p>
<p>　　　　　山東のドイツ利権の中国への返還などが行なわれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・第一次大戦の日本の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1031">第一次世界大戦の時の日本の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>ヴェルサイユ体制について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1022</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1022#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 07:24:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[ウィルソン大統領]]></category>
		<category><![CDATA[ジュネーヴ]]></category>
		<category><![CDATA[セーヴル条約]]></category>
		<category><![CDATA[トリアノン条約]]></category>
		<category><![CDATA[パリ講和会議]]></category>
		<category><![CDATA[ロイド＝ジョージ]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェルサイユ体制]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェルサイユ条約]]></category>
		<category><![CDATA[十四カ条の内容]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>

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		<description><![CDATA[ヴェルサイユ体制について考えてみます &#160; &#160; ・ヴェルサイユ体制について &#160; &#160; 　・１９１９年１月に、連合国の代表が集まって、パリ講和会議が開かれた 　　→講和の基礎になる原則は [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1022">ヴェルサイユ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ヴェルサイユ体制について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ヴェルサイユ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年１月に、連合国の代表が集まって、パリ講和会議が開かれた</p>
<p>　　→講和の基礎になる原則は、アメリカのウィルソン大統領が、</p>
<p>　　　１９１８年１月に発表した十四カ条だった</p>
<p>　　　※十四カ条の内容</p>
<p>　　　　・秘密外交の禁止　・海洋の自由　・関税障壁の廃止　・軍備の縮小　</p>
<p>　　　　・ヨーロッパ諸国民の民族自決　・植民地問題の公正な解決　・国際平和機構の設立　　</p>
<p>　　　　　などを主な内容としていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ウィルソンは、以下のようなことを考えていた</p>
<p>　　→・ヨーロッパ列強の秘密外交や非民主的な政治を批判した</p>
<p>　　　・平和や社会的公平への民衆の願望を受け止めようとした</p>
<p>　　　・自由主義経済のもとで戦争を防止する国際秩序を実現しようとした</p>
<p>　　　・ロシア革命の社会主義に対抗しようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・しかし、フランスのクレマンソーやイギリスのロイド＝ジョージは、</p>
<p>　　植民地などの既得権益を手放さず、敗戦国に対しても厳しい態度で向かっていった</p>
<p>　　→そのため、パリ講和会議の原則が部分的にしか実現しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※一方で、以下のようなことも起きた</p>
<p>　　　・民族自決権の適用が旧ロシア、オーストリア、オスマン帝国にいる</p>
<p>　　　　民族の独立に限定された</p>
<p>　　　・ドイツの租借地や植民地が戦勝列強国に分配された</p>
<p>　　　　→これらの動きは、中国をはじめとして、アジアやアフリカの人々を失望させた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年６月に、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿で、</p>
<p>　　ドイツとのヴェルサイユ条約が調印された</p>
<p>　　→その結果、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・ドイツが全ての植民地を失い、アルザスとロレーヌをフランスに返還した</p>
<p>　　　・ポーランドなどの周辺国に国境地域を渡した</p>
<p>　　　・ラインラントを非武装化した</p>
<p>　　　・軍備の制限をした</p>
<p>　　　・巨額の賠償金の支払いを決めた（１９２１年に、１３２０億金マルクに決定した）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、オスマン帝国の旧同盟国との講和条約が</p>
<p>　　それぞれ別個に結ばれた</p>
<p>　　→結ばれた講和条約として、以下のようなものがある</p>
<p>　　　・１９１９年９月のサン＝ジェルマン条約</p>
<p>　　　・１９２０年６月のトリアノン条約</p>
<p>　　　・１９１９年１１月のヌイイ条約</p>
<p>　　　・１９２０年８月のセーヴル条約</p>
<p>　　　　※これらの条約は、どれもパリ近郊で調印された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→講和条約が結ばれたことによって、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・オーストリアがドイツ人のみの小共和国になった</p>
<p>　　　・旧オーストリア＝ハンガリーと旧ロシア帝国領から、以下の地域が独立した</p>
<p>　　　　　→・ハンガリー　・チェコスロヴァキア　・ユーゴスラヴィア　・フィンランド　</p>
<p>　　　　　　・ポーランド　・エストニア　・ラトヴィア　・リトアニア</p>
<p>　　　・旧オスマン帝国内では、アラビア半島でイブン＝サウードが独立した</p>
<p>　　　・シリアが、フランスの委任統治のもとに置かれた</p>
<p>　　　・イラクとトランスヨルダンとパレスチナが、イギリスの委任統治のもとに置かれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→さらに、講和条約の時に、ウィルソンの提案した国際連盟の設置も決まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際連盟について</p>
<p>　　・国際連盟とは・・世界の恒久的な平和を目指す史上初の大規模な国際機構のこと</p>
<p>　　・スイスのジュネーヴに本部を置いた</p>
<p>　　・総会、理事会、連盟事務局を中心に運営された</p>
<p>　　・国際労働機関と常設国際司法裁判所が設置された</p>
<p>　　・ドイツなどの敗戦国とソヴィエト＝ロシアが排除された</p>
<p>　　・アメリカは、国際的な負担に反対する上院がヴェルサイユ条約の批准を拒否したため、</p>
<p>　　　連盟に参加しなかった</p>
<p>　　　→そのため、連盟の構成国はヨーロッパ諸国に偏るという問題があった</p>
<p>　　　→さらに、侵略国家への制裁手段が不十分であるという問題もあった</p>
<p>　　・中小諸国の国境紛争の調停や、文化交流の面では国際連盟は成果を上げた</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝パリ講和会議で決まった上のようなヨーロッパの新国際秩序を、ヴェルサイユ体制と呼ぶ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ヴェルサイユ体制についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1022">ヴェルサイユ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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