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	<title>アラエス &#187; 絶対王政</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>社会は法が支配しているのか</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2375</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2375#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 10 Jan 2014 04:27:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[政治全般]]></category>
		<category><![CDATA[エドワード・コーク]]></category>
		<category><![CDATA[コモン・ロー]]></category>
		<category><![CDATA[ピューリタン革命]]></category>
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		<category><![CDATA[マグナカルタ]]></category>
		<category><![CDATA[モンテスキュー]]></category>
		<category><![CDATA[基本的人権]]></category>
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		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>
		<category><![CDATA[絶対王政]]></category>

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		<description><![CDATA[社会は法が支配しているという考え方があるので、 ちょっと調べてみました。 &#160; &#160; 一般的に、法が国を絶対的に支配することを、法の支配と言います （反対を人の支配といいます。） &#160; &#038;nbsp [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2375">社会は法が支配しているのか</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会は法が支配しているという考え方があるので、</p>
<p>ちょっと調べてみました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一般的に、法が国を絶対的に支配することを、法の支配と言います</p>
<p>（反対を人の支配といいます。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>法の支配のスタートは、イギリスのマグナカルタです</p>
<p>（マグナカルタは、法の支配といいながら、身分制でした）</p>
<p>→マグナカルタをきっかけに、法の支配から抜け出す考えが出てきました</p>
<p>＝そのときに出た考え方が、絶対王政です</p>
<p>※絶対王政・・王が国を絶対的に支配すること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>絶対王政は、2種類ありました。</p>
<p>①ボーダンという人の主権論＝王権神授説</p>
<p>②エドワード・コークという人のコモン・ロー＋法の支配</p>
<p>　＝神と法の下に王は立つという考え方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→このように、法の支配について様々な考え方があったので、</p>
<p>　法の支配でもめました</p>
<p>＝その代表的なのが、ピューリタン革命や清教徒革命でした</p>
<p>※結局、「法の支配」は権利章典で確認されています</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただし、法の支配は時代が進むにつれて性格が違いました</p>
<p>〇昔・・特権論</p>
<p>→伝統や歴史を土台に、一部の人だけが権利を持つ</p>
<p>（法の支配は、身分制度とセットという考え方）</p>
<p>〇その後・・人権論</p>
<p>→人間は生まれながらに自由かつ平等で、様々な自然権がある</p>
<p>（法の支配は、基本的人権とセットという考え方）</p>
<p>※その後の人権論は、バージニア権利章典、アメリカ独立宣言、フランス革命の人権宣言などが影響を受けています</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみにですが、法の支配について、権力をコントロールするという考え方もあります。</p>
<p>代表的な人を２人紹介しておきます。</p>
<p>・ロック</p>
<p>→権力は立法、執行、同盟に分けるべき　※ただし、立法優先</p>
<p>・モンテスキュー</p>
<p>→三権分立にすべき（立法、司法、行政）</p>
<p>※三権分立＋人民主義が土台となっているもの</p>
<p>＝アメリカ合衆国憲法（1787年）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>法の支配について考えてみましたが、</p>
<p>実際は誰が社会を支配するのがいいのでしょうか？</p>
<p>神、王、法、国民、その他いろいろですが、</p>
<p>難しいところです。</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2375">社会は法が支配しているのか</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2346</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2346#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Dec 2013 01:02:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[りょうつ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[ブルジョワ]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家]]></category>
		<category><![CDATA[啓蒙思想]]></category>
		<category><![CDATA[国民]]></category>
		<category><![CDATA[国王]]></category>
		<category><![CDATA[教会]]></category>
		<category><![CDATA[欧米]]></category>
		<category><![CDATA[活版印刷術]]></category>
		<category><![CDATA[絶対王政]]></category>
		<category><![CDATA[近代国家]]></category>

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		<description><![CDATA[１９世紀後半の世界の動きについてまとめてみました。 &#160; 大きく「３つの動き」としてまとめてみます。 ①欧米での近代国家の成立 ②産業の近代化＋植民地獲得競争 ③欧米が東アジアの国々へ進出 &#160; ある意味 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2346">19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>１９世紀後半の世界の動きについてまとめてみました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大きく「３つの動き」としてまとめてみます。</p>
<p>①欧米での近代国家の成立</p>
<p>②産業の近代化＋植民地獲得競争</p>
<p>③欧米が東アジアの国々へ進出</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ある意味で全てにつながりがありますが、あえて３つに分けて</p>
<p>それぞれ考えてみます。</p>
<p>（ここでは①について取り上げています）</p>
<p>※②と③については<a href="http://ahlaes.com/post/2354" target="_blank">こちら</a>です</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>①欧米での近代国家の成立</p>
<p>明治以降・・国家を「近代国家」（主権国家）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※明治以前（中世のヨーロッパ）はどうなっていたか・・</p>
<p>→２つの状況があった</p>
<p>　・国王でも教会に勝てないという状況があった</p>
<p>　　（中世のヨーロッパは教会の力が強かった）</p>
<p>　・中世は地方での癒着が多かった</p>
<p>＝この２つの状況があったため、一人が教会に反抗しても意味が無かった</p>
<p>※ただし、この時に活版印刷術が出てきた</p>
<p>　→活版印刷術によって、一人の意見を広めることが出来るようになった</p>
<p>　→そのため、一人の教会に対する反抗も広まるようになった</p>
<p>＝結果的に、教会への反抗が広まり、教会が無くなった</p>
<p>　→その後は、国王がトップに立ち権力を持つようになった</p>
<p>　→国王は、権力を維持するために、軍隊を作って国をまとめようとした</p>
<p>　　＝これを絶対王政という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>主権国家は中央集権化を生んだ（政教分離、官僚制などを生み出している）</p>
<p>※中央集権化は、ブルジョワ階級（資本家層）が支持をした</p>
<p>→そこで国王は、ブルジョワ階級の支持を逃さないように、</p>
<p>　鉄道など、経済基盤の整備を行った</p>
<p>※ただし、段々とブルジョワ階級が力をつけてきた</p>
<p>　→そのため、ブルジョワ階級は中央集権制と国王に対抗するようになっていった</p>
<p>＝結果的に様々な市民革命が起きた</p>
<p>　例：　イギリス名誉革命（1688年）　フランス革命（1789年）</p>
<p>　　　　アメリカ独立戦争（1775～83）　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>革命後は、主権者としての「国民」が誕生した</p>
<p>※この時の「国民」を支えていたのは、啓蒙思想だった（自由や平等など）</p>
<p>→そこで当時は、国民教育（特に国語）、国民軍、議会制などが重視された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※なぜ、国民全体を意識した政策が採用されるようになっていったのか</p>
<p>→今まで（「国民」を意識する前まで）は、国民全員に教育は必要なかった</p>
<p>　（農民はずっと農民である、など職業によって生活が違い、</p>
<p>変化も起きなかったため、教育の必要がなかった）</p>
<p>→しかし、主権者としての「国民」の場合は、全員平等という視点が前提となる</p>
<p>＝だから、国民全体に対して同じような政策を用いる必要があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※また、当時は知識が無い人たちに選挙権を与える必要はないと考えられていた</p>
<p>＝だから、民衆が怒って労働運動を起こす、ということも行っていた</p>
<p>　→この時の考え方の支えがマルクスだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まとめ</p>
<p>・明治以降・・国家を「近代国家」（主権国家）と呼ぶ</p>
<p>　※明治以前（中世）・・教会中心　→　活版印刷術　→　絶対王政</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・主権国家・・中央集権化を生む</p>
<p>※中央集権化はブルジョワ階級が支持</p>
<p>→国王は、ブルジョワの支持を逃さないように、経済基盤を整備</p>
<p>→ブルジョワは力をつけて、中央集権化と国王に対抗</p>
<p>＝市民革命が起きる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・明治以降・・主権者としての「国民」が誕生</p>
<p>→「全員が平等」という視点から、国民教育、国民軍、議会制を重視</p>
<p>※当時の国民を支えたのが啓蒙思想</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2346">19世紀後半の世界の動き①　－欧米での近代国家の成立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>租税問題が国家を揺るがす―「家産国家」から「租税国家」へ</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2341</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2341#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 25 Dec 2013 14:25:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済全般]]></category>
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		<category><![CDATA[官房学]]></category>
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		<category><![CDATA[財政学]]></category>

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		<description><![CDATA[  イギリスの市民革命史をたどると、租税がいかに重要な問題かということを痛感します。租税が重要な問題として捉えられるようになったのは17Cからなのですが、なぜこの時期だったのでしょうか。ここでキーとなるのが「家産国家」か [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2341">租税問題が国家を揺るがす―「家産国家」から「租税国家」へ</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>イギリスの市民革命史をたどると、租税がいかに重要な問題かということを痛感します。租税が重要な問題として捉えられるようになったのは17Cからなのですが、なぜこの時期だったのでしょうか。ここでキーとなるのが「家産国家」から「租税国家」への移行です。以下、詳細です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「家産国家」から「租税国家」へ</p>
<p>家産国家：国家財政を、基本的に国家が保有する財産(=家産)収入で賄うことのできる国家のこと。</p>
<p>租税国家：国家の保有財産だけではその支出を賄うことができず、主として租税収入に依存して国家財政を運営する国家のこと。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>17C～19Cにかけて、多くの欧州諸国で家産国家から租税国家への移行が生じました。</p>
<p>⇒当時の絶対王政は、戦争規模拡大による軍費膨張と官僚機構の維持を背景に、王室財産収入(家産収入)だけでは賄いきれない状態であった。そこで必要となったのが租税です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・議会制民主主義の成立</p>
<p>絶対王政とはいえ、課税は個人の私有財産に介入することを意味するので、財産保有者への同意が必要となります。つまり、議会の承認=議会制民主主義の成立です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆絶対王政を維持するために議会制民主主義を導入するという、根本的な矛盾が面白いですね。この矛盾はやがて王政と議会の闘争となって顕在化(名誉革命)するのですが、これについての詳細は改めてまとめるつもりです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>要は、国家財政のコントロール権が国王から議会へと移ったということです。租税と民主主義が密接な関係を持っていることがよくわかります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※家産国家から租税国家への移行過程については、ヨーゼフ・アーロイス・シュンペーター『租税国家の危機』が詳しいです。これも改めてまとめるつもりです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・官房学の興隆と衰退</p>
<p>こうして古代・中世に見られた都市国家や領邦国家のような「家産国家」から「租税国家」へと移行したわけですが、この移行は学問体系にも移行を生じさせました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「官房学」から「財政学」への移行です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>官房学：王室財産の適切な管理や租税の源泉である領国経済の発展を図るための政策体系を構築しようとした学問。とはいえ、関心はもっぱら王室財政の安定と、王室が保有する財産の適切な管理・経営に向けられた。</p>
<p>⇒王室の財政運営が領国経済にもたらす影響については二の次であった。つまり、王室<span style="text-decoration: underline">内部</span>をどう運営するかというもの。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、租税国家へと移行すると、国家を成り立たせる財源が王室外部にあるため、学問の関心も合わせて王室外部へと移行しました。</p>
<p>⇒官房学から経済学を経て、財政学へ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>財政学：国家財政の分析だけでなく、国家財政と国民経済の関係を分析する学問。財政に関する基本的知識は↓↓↓</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/968"> 財政の機能と役割</a></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/839"> 財政の原則</a></p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/847">財政民主主義</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆租税を論じるということは、国家を論じるのとほぼ同義だということを痛感しました。</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2341">租税問題が国家を揺るがす―「家産国家」から「租税国家」へ</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>近世・近代ヨーロッパのフランスの様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/927</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/927#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 12:22:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[アンリ4世]]></category>
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		<category><![CDATA[ユグノー戦争]]></category>
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		<category><![CDATA[三十年戦争]]></category>
		<category><![CDATA[絶対王政]]></category>

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		<description><![CDATA[近世・近代ヨーロッパのフランスの様子について考えてみます &#160; &#160; ・フランスの宗教による内乱と絶対王政について &#160; &#160; 　・フランスは百年戦争の結果、国内のイギリス領をほぼ一掃して [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/927">近世・近代ヨーロッパのフランスの様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>近世・近代ヨーロッパのフランスの様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・フランスの宗教による内乱と絶対王政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フランスは百年戦争の結果、国内のイギリス領をほぼ一掃して、</p>
<p>　　中央集権国家への道を進んでいった</p>
<p>　　※しかし、旧教国のフランスでも、１６世紀のなかばからユグノーと呼ばれる</p>
<p>　　　カルヴァン派の新教徒勢力が無視できなくなってしまった</p>
<p>　　　＝その結果、シャルル９世と母親の摂政カトリーヌ＝ド＝メディシスのもとで、</p>
<p>　　　　ユグノー戦争というのが起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　　※ユグノー戦争について</p>
<p>　　　・この内乱は、新旧の両方の宗派の対立が貴族間の党派争いと結びついたものだった</p>
<p>　　　　→この内乱は、サンバルテルミの虐殺などの事件もありながら、３０年以上続いた</p>
<p>　　　・この内乱では、外国勢力の介入も認められた</p>
<p>　　　　→そのため、フランスには、ボーダンなど、宗教の問題以上に国家の統一を</p>
<p>　　　　　優先する人々が増えていった</p>
<p>　　　・この内乱の時に、ブルボン家のアンリ４世という人は、</p>
<p>　　　　王位についた時に新教から旧教に改宗した</p>
<p>　　　　※この後、１５９８年にナントの王令（勅令）で、ユグノーにも大幅な</p>
<p>　　　　　信教の自由を与えた</p>
<p>　　　　　＝このようにして自由を与えたことで、ユグノー戦争を終わらせた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→ユグノー戦争の後で、フランスの国家としてのまとまりが維持されるようになった</p>
<p>　　　　　※フランスは、旧教国にとどまったが、教皇権に対してフランスの教会の独立性を</p>
<p>　　　　　　主張する考え方が強くなっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アンリ４世に始まるブルボン朝のもとで、フランスは絶対王政の全盛期を迎えた</p>
<p>　　→当時、ルイ１３世の宰相のリシュリーという人は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・王権に抵抗する貴族やユグノーをおさえて、三部会を開かなかった　</p>
<p>　　　・国際政治の面で、三十年戦争の時に、新教勢力の立場に立って、</p>
<p>　　　　ハプスブルク家の皇帝権力をくじこうとつとめていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・幼少のルイ１４世が即位した後、１６４８年高等法院や貴族が</p>
<p>　　フロンドの乱という反乱を起こした</p>
<p>　　※しかし、この反乱があっても宰相のマザランという人による王権強化の政策は</p>
<p>　　　継続されていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・フランスの宗教の対立による内部の様子をおさえる</p>
<p>・フランスの絶対王政の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/927">近世・近代ヨーロッパのフランスの様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/923</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/923#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 11:35:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
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		<category><![CDATA[カール5世]]></category>
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		<category><![CDATA[軍事革命]]></category>

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		<description><![CDATA[イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について考えてみます &#160; &#160; ・イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について &#160; &#160; 　・１４９４年に、フランスがイタリアに侵入するということが [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/923">イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１４９４年に、フランスがイタリアに侵入するということが起きた</p>
<p>　　→すると、神聖ローマ帝国（ハプスブルク家）・スペイン王家などがこれに対抗した</p>
<p>　　　＝その結果、イタリア戦争が起こった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イタリア戦争は、神聖ローマ皇帝カール５世とフランス王フランソワ１世との間で</p>
<p>　　　ヨーロッパの覇権をめぐる争いに発展していった</p>
<p>　　　＝この戦争は、イギリスなど多くの国を巻き込みながら、１６世紀のなかばまで続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※その後も、フランス王家とハプスブルク家の対立は、１８世紀のなかばまで</p>
<p>　　　　ヨーロッパの国家関係の重要な対立の視点になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・また、ヨーロッパの国々はこの時期、東方からオスマン帝国の圧力を受けた</p>
<p>　　→さらに、新大陸やアジアへと海外進出を競い合った</p>
<p>　　→そして、お互いに領土の獲得や宗教の政策をめぐって対立した</p>
<p>　　　＝その結果、戦争と妥協を繰り返す恒常的な緊張状態になった</p>
<p>　　　　※しかも、イタリア戦争以後に、戦争が長期化かつ大規模化して、</p>
<p>　　　　　兵器や防護技術も進歩した</p>
<p>　　　　　→この時に、今までの技術とは違う新しい戦争のスタイルが生み出されたので、</p>
<p>　　　　　　軍事革命とも言われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→当時は、多くの兵員と莫大な軍事費を調達するために、それぞれの国は</p>
<p>　　　以下のような動きを見せた</p>
<p>　　　・徴税機構を中心に行政組織を整備して、国内の統一的な支配を強めた</p>
<p>　　　・統一的な支配の過程で、多くの国は自己の支配領域を明確な国境で囲い込んだ</p>
<p>　　　・外に対して君主だけが国を代表する国内秩序を築くようになった</p>
<p>　　　　＝このような国家を主権国家という</p>
<p>　　　　　※主権国家は、近代国家の原型になった</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>　・スペイン、フランス、イギリスなどでは、主権国家が出来ていた時期に、</p>
<p>　　絶対王政という国王統治体制が出来た</p>
<p>　　→絶対王政のもとでは、社会は今までの身分制度が残っていた</p>
<p>　　　※その中で領主である貴族や聖職者たちは免税などの特権を持つ中間団体を形成した</p>
<p>　　　　→そうすることで、国王による国民の直接支配をさまたげた</p>
<p>　　　＝このような状況のため、国王は以下のようなことを行った</p>
<p>　　　　・商人や金融業者などの有産市民層（ブルジョワジー）を社会的に上昇させた</p>
<p>　　　　・ブルジョワジーに経済上の独占権を与えるなどして、協力関係を強めていった</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は、西ヨーロッパで経済活動に対する規制が緩んだ</p>
<p>　　→その結果、問屋制が広まっていった</p>
<p>　　　※問屋制について</p>
<p>　　　　・問屋制・・商人が手工業生産者に道具や原料を前貸しして生産を支配する制度のこと</p>
<p>　　　　・当時の工業は、マニュファクチュア（工場制手工業）という形態も見られた</p>
<p>　　　　　※マニュファクチュア・・資本家が労働者を仕事場に集め、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　分業の方式で生産を行う方式のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→問屋制の動きは、資本家が賃金労働者を雇って、市場向けの生産を行う資本主義的生産の</p>
<p>　　　始まりを示すものだったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→その後、商工業者がさらに発達していった</p>
<p>　　＝すると、商工業を担った市民層のなかには、より自由な経済活動と政治への参加を求めて</p>
<p>　　　王権に批判的になる勢力も出てきた</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>ポイント</p>
<p>・イタリア戦争についておさえる</p>
<p>・主権国家体制と絶対王政についておさえる</p>
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<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/923">イタリア戦争と主権国家体制・絶対王政について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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