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	<title>アラエス &#187; ソ連</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>各国の政治体制を比較してみた</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2385</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2385#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 12 Jan 2014 13:50:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス]]></category>
		<category><![CDATA[イスラム]]></category>
		<category><![CDATA[イラン革命]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[大統領制]]></category>
		<category><![CDATA[天安門事件]]></category>
		<category><![CDATA[社会主義体制]]></category>
		<category><![CDATA[議院内閣制]]></category>

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		<description><![CDATA[各国の政治体制を比較してみました &#160; &#160; 〇イギリス（議院内閣制の代表） ・終身議員の上院（貴族院）と、国民が選んだ議員の下院（庶民院）との二院制 ※下院優位の原則がある ・下院の与党の党首（＝首相） [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2385">各国の政治体制を比較してみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>各国の政治体制を比較してみました</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〇イギリス（議院内閣制の代表）</p>
<p>・終身議員の上院（貴族院）と、国民が選んだ議員の下院（庶民院）との二院制</p>
<p>※下院優位の原則がある</p>
<p>・下院の与党の党首（＝首相）は、下院の信任がある限り永遠に続けられる</p>
<p>・野党は「影の内閣」を作る</p>
<p>・下院は、不信任決議で内閣を倒す</p>
<p>・上院は、司法機能がある　</p>
<p>　※ただし上院に、違憲立法審査権は無い</p>
<p>・小選挙区制かつ二大政党制</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〇アメリカ（大統領制の代表）</p>
<p>・間接選挙で、任期4年</p>
<p>・大統領・・議会が可決した法案の拒否権、教書を送る権利はある</p>
<p>※解散する権利、法案提出権は無い</p>
<p>・議会・・上院（各州2名、任期6年）と下院（各州の人口に比例した議員数、任期6年）で構成</p>
<p>※議会は、立法権、予算議決権、3分の2以上の多数による法案再可決権を持つ</p>
<p>・裁判所・・憲法の最終解釈権、違憲立法審査権（司法審査権）を持つ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〇中国（社会主義体制の代表）</p>
<p>・中国の最高機関・・一院制の全国人民代表大会（全人代、年一回で解散なし）</p>
<p>→全人代の下に、国務院（行政を担当、トップが首相）と最高人民法院（司法を担当）がある</p>
<p>・全人代・・常務委員会がある（常設機関で、法令の制定、法律の解釈、条約の批准を行う）</p>
<p>※全人代の中心は中国共産党というところ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※ただし、中国の政治体制の動向は若干変化も見られている</p>
<p>・改革開放政策（外国資本の受け入れ、経済の自由化）を行った</p>
<p>→1989年に天安門事件が発生（政治の自由化のために、共産党支配を批判した）</p>
<p>＝その結果・・経済は自由化が進んだが、政治は共産党の一党支配が続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〇イスラムの国々（特殊例）</p>
<p>・イスラム原理主義（伝統的なイスラムの教えに帰る考え）が誕生</p>
<p>→1979年にイラン革命が起きる</p>
<p>＝その後、宗教色が強い、反西ヨーロッパの政治が誕生、</p>
<p>※国内で武力衝突も起こるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〇その他</p>
<p>・ロシア・・1991年12月にソ連が解体</p>
<p>・ドイツ、イタリア・・大統領が存在しているが、議院内閣制</p>
<p>・フランス、イスラエル・・議員内閣制と大統領制の中間</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>代表的な政治体制を比較してみました</p>
<p>結局のところ、どんな政治体制がいいのでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2385">各国の政治体制を比較してみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>政治のスタイルや体制について②　－社会主義と民主化－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1679</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1679#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 13:46:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[民主政治]]></category>
		<category><![CDATA[イスラム原理主義]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[マルクス・レーニン主義]]></category>
		<category><![CDATA[一党独裁]]></category>
		<category><![CDATA[全国人民代表大会]]></category>
		<category><![CDATA[共産党]]></category>
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		<category><![CDATA[社会主義]]></category>
		<category><![CDATA[開発独裁体制]]></category>

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		<description><![CDATA[政治のスタイルについて、世界を比較しながら考えてみます &#160; &#160; ・社会主義について &#160; 　・社会主義とは・・資本主義を無くして、人々が元々持っている自由と平等を 　　　　　　　　　　復活させ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1679">政治のスタイルや体制について②　－社会主義と民主化－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>政治のスタイルについて、世界を比較しながら考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・社会主義について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会主義とは・・資本主義を無くして、人々が元々持っている自由と平等を</p>
<p>　　　　　　　　　　復活させようとする考え方のこと</p>
<p>　　※社会主義へ向かう方法として代表的なものに３種類存在する</p>
<p>　　　・マルクス・レーニン主義・・革命を起こすことで独裁の権力を得る考えのこと</p>
<p>　　　・社会民主主義・・議会制民主主義を土台にして、少しずつ社会主義を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　目指して行こうとする考え方のこと</p>
<p>　　　・民主社会主義・・資本主義の中で、社会的な部分（福祉など）を変えていくことを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　目指す考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会主義は、基本的に共産党の一党独裁だから、全ての権力が共産党に集中する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中国の政治スタイルについて　（中国の一党独裁が有名）</p>
<p>　</p>
<p>　・中国で最も権力のある機関は、一院制の全国人民代表大会（全人代）</p>
<p>　　　※全人代は年に一回開催され、解散はない</p>
<p>　　</p>
<p>　・全人代の下に、国務院と最高人民法院がある</p>
<p>　　・国務院・・行政を担当する機関で、国務院のトップの人が首相にあたる</p>
<p>　　・最高人民法院・・司法を担当する機関のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・全人代には、いつも設けてある機関として、常務委員会という機関がある</p>
<p>　　・常務委員会・・法令を決める、法律の解釈をする、条約に同意する、など</p>
<p>　　　　　　　　　　様々な権限を持っていて、様々なことを行う機関のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・共産党は、中国の政府の中でも権力が強く、共産党が全人代の中心も担っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中国と社会主義の歴史</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９９１年１２月にソ連邦が解体し、世界的にも大きな出来事だった</p>
<p>　　→この出来事によって、共産党が一党制から複数政党制に変わり、</p>
<p>　　　社会主義経済から市場経済に変わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国は、経済中心の改革開放政策という政策を展開し、外国のお金を</p>
<p>　　中国に取り入れることで、経済の自由化を狙った</p>
<p>　　→結果的に、中国が資本主義と社会主義の区別がつかなくなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国では、政治の自由化を目指して、共産党の一党独裁を批判する運動が起きている</p>
<p>　　（例：１９８９年の天安門事件）</p>
<p>　　→共産党は、経済の自由化は狙っても、一党独裁の体制は変えようとしていない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※天安門事件・・民主化を求める人達が天安門広場という場所に集まったが、</p>
<p>　　　　　　　　　　集まった人達が武力によって結果的に鎮圧された事件のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　この事件によって、ヨーロッパの国々から批判され、</p>
<p>　　　　　　　　　　中国は経済的に罰を受けている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・民主化の動きへの歴史と社会主義に揺れる国々について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の終了後、中南米を始めとして多くの国が、</p>
<p>　　一党独裁や軍事政権の支配を受けた</p>
<p>　　※軍事政権・・軍隊の力を使って、軍人が政治を仕切るという政治スタイルのこと</p>
<p>　　→しかし、１９８０年代になると中南米や東アジアの国々が、</p>
<p>　　　一党独裁や軍事政権を辞めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※なぜ、一党独裁や軍事政権を辞めた国が多かったのか・・</p>
<p>　　　・開発独裁体制（福祉などを後回しにして、経済の開発に力を入れる体制のこと）を</p>
<p>　　　　行ってある程度の結果を出した</p>
<p>　　　　→その時に、中流の階級の人というのが誕生し、この誕生が一党独裁や軍事政権に</p>
<p>　　　　　嫌悪感を抱くようになり、結果的に政府が倒される、という流れが一般的だった</p>
<p>　　　　　※実際にこのような流れになった例として、</p>
<p>　　　　　　韓国やフィリピン、インドネシアなどがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→一方で、アフリカの貧しい国などは、一党独裁や軍事政権の状況から抜け出せずに</p>
<p>　　　　苦しんでいる場面もある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラム諸国の政治スタイルについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラム諸国の人々が、自分の国の経済や社会に不満が多いため、</p>
<p>　　昔からのイスラムの教えのに戻ることを考える人達が増えてきた</p>
<p>　　＝このように、昔のイスラムの教えに戻る考え方を、</p>
<p>　　　イスラム原理主義（イスラム復興主義）と言う</p>
<p>　　　※このような考え方は、イラン革命という革命の後に強い流れとなっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イラン革命以降の動き</p>
<p>　　・宗教の雰囲気が強く、欧米化に反対するような政治の仕組みを作るところが現れた</p>
<p>　　・イスラム原理主義を目指す派と反対派で武力による争いがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・社会主義への方法は３種類あり、社会主義は基本的に共産党の一党独裁</p>
<p>・中国は、共産党がすごい力を持っているが、その下に全人代や国務院、最高人民法院、</p>
<p>　常務委員会などがある</p>
<p>・社会主義が大きく変わったのは、ソ連邦の解体だった</p>
<p>・中国は改革開放政策などを行っているが、天安門事件なども起きている</p>
<p>・第二次世界大戦後は、一党独裁や軍事政権などが出てきたが、</p>
<p>　１９８０年代に開発独裁体制などで、一党独裁や軍事政権などが衰退していった場所がある</p>
<p>・貧しいアフリカなどでは独裁の状況から抜け出せていない</p>
<p>・イスラムでは、イスラム原理主義が強い</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1679">政治のスタイルや体制について②　－社会主義と民主化－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>極東ロシアについて　－外交・資源・経済－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1436</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1436#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 31 Oct 2013 16:05:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本の周囲という視点からの地域]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[パイプライン]]></category>
		<category><![CDATA[日ロ首脳会談]]></category>
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		<category><![CDATA[極東ロシア]]></category>
		<category><![CDATA[環日本海経済圏]]></category>

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		<description><![CDATA[極東ロシアについて、いくつかの視点から考えてみます &#160; &#160; ・極東ロシアと海外との関係について &#160; &#160; 　・極東ロシアは、ソ連の崩壊の後に、日本との交流が深まっていった 　　→その [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1436">極東ロシアについて　－外交・資源・経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>極東ロシアについて、いくつかの視点から考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・極東ロシアと海外との関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・極東ロシアは、ソ連の崩壊の後に、日本との交流が深まっていった</p>
<p>　　→その後、日本海の周辺の国々を含めて交流が深まった</p>
<p>　　　＝その結果、お互いに経済発展を進めていこうとする環日本海経済圏の考えが</p>
<p>　　　　議論されるようになった</p>
<p>　　　　※環日本海経済圏は、極東ロシアの資源、日本と韓国の資本と技術、</p>
<p>　　　　　中国東北部と北朝鮮の労働力をつなげていこうとする考え方が中心だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・極東ロシアは、東アジアの国々からの投資が増えている</p>
<p>　　※ただし、日本の企業の極東ロシアへの進出は少ないと言われている</p>
<p>　　　→日本と極東の経済に対する考え方が一致していない、インフラ整備が不十分</p>
<p>　　　　などの問題があると言われている</p>
<p>　　　　※新潟県は、極東ロシアと文化交流をする努力を行っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・２００３年に、日ロ首脳会談が行なわれた</p>
<p>　　→この会談で、極東ロシアの経済の問題について協力していくことが合意された</p>
<p>　　　※しかし、ロシアとは北方領土の問題なども残されていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・極東ロシアの資源と経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアは全体的に、亜寒帯気候がほとんど</p>
<p>　　→そのなかでも、極東ロシアは冬が寒く、北極海に面しているところはツンドラで、</p>
<p>　　　その南にはタイガが広がっている</p>
<p>　　　※さらに、極東ロシアは多くの土地が未開発のままで、人口密度が低い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で極東ロシアは、鉱産、林産、水産など、天然資源が多い</p>
<p>　　→そのため、シベリア鉄道や、川や海にある船などを使って石炭や木材を</p>
<p>　　　日本や韓国などに送り出してきた</p>
<p>　　　※近年は、サハリン東方の大陸棚にある天然ガスを日本にパイプラインで</p>
<p>　　　　輸送するという計画が進んでいる</p>
<p>　　　※また、東シベリアから国境を横断するパイプラインの建設を、</p>
<p>　　　　日本と中国のどちらにするかでもめている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアは、世界第１位の木材輸出国になっている</p>
<p>　　※なかでも、日本の木材輸入の４分の１は極東ロシアになっている</p>
<p>　　　→最近は、伐採地が奥地になるということが起きていて、以下のような問題が</p>
<p>　　　　発生している</p>
<p>　　　　・輸送コストが高まっている</p>
<p>　　　　・先住民の生活環境や生態系の破壊などが起きている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・極東ロシアと海外との関係についておさえる</p>
<p>・極東ロシアの資源と経済についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1436">極東ロシアについて　－外交・資源・経済－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ロシアについて　－領土・民族・政治・経済・歴史－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1435</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1435#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 31 Oct 2013 15:54:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本の周囲という視点からの地域]]></category>
		<category><![CDATA[シベリア]]></category>
		<category><![CDATA[ショッピングモール]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[バルト３国]]></category>
		<category><![CDATA[ペレストロイカ]]></category>
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		<category><![CDATA[市場経済]]></category>
		<category><![CDATA[極東ロシア]]></category>
		<category><![CDATA[計画経済]]></category>

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		<description><![CDATA[ロシアについて、いくつかの面から考えてみます &#160; &#160; ・ロシアの領土と民族について &#160; &#160; 　・ロシアの領土については、以下のような特徴がある 　　→・世界一広く、日本の約４５倍の [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1435">ロシアについて　－領土・民族・政治・経済・歴史－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ロシアについて、いくつかの面から考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロシアの領土と民族について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアの領土については、以下のような特徴がある</p>
<p>　　→・世界一広く、日本の約４５倍の国土がある</p>
<p>　　　・昔は、ウラル山脈から東側をシベリアと呼んでいた</p>
<p>　　　・現在は、サハ共和国とアムール州から東側の極東連邦管区を極東ロシアと呼ぶ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアの人口については、以下のような特徴がある</p>
<p>　　→・１億４千万人が住んでいる</p>
<p>　　　・ロシアの人口の約８０％がロシア人</p>
<p>　　　・ロシア人は、ロシア語を使い、ロシア正教という宗教を信仰している</p>
<p>　　　・ロシア人は、国全体に広く住んでいるが、多くはウラル山脈より西側に住んでいる</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアの民族については、以下のような特徴がある</p>
<p>　　→・ロシアの少数民族は、極東ロシアに多い</p>
<p>　　　・ナナイ人など、顔つきが日本人に似ている人も多い</p>
<p>　　　・サケやマスなどをとって、保存食を発達させてきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロシアの政治と経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアは、１９８０年代の終わりから、１９９０年代の始めにかけて、</p>
<p>　　計画経済から市場経済に急激に変わった</p>
<p>　　→ロシアが、市場経済になったことで、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・経済と社会が混乱して、国民の多くが通貨の価値の下落と</p>
<p>　　　　生活の物資の不足に苦しんだ</p>
<p>　　　・事業を起こして成功することで、莫大な富を得た人が出てきた</p>
<p>　　　・一方で、年金生活者などが、厳しい生活を迫られることになり、</p>
<p>　　　　貧富の差が拡大した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９９０年代の終わりからは、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　→・だんだんと経済的な混乱が落ち着いてきた</p>
<p>　　　・欧米の国々などからの投資が増えて、国内の産業が発達してきた</p>
<p>　　　・携帯電話、欧米のファッションの文化の普及、</p>
<p>　　　　ショッピングモールの増加などが起きた</p>
<p>　　　・ロシアの経済が盛り上がりを見せるようになってきた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※しかし、極東ロシアなど、大都市以外の地域は経済の発展という面で、</p>
<p>　　　大幅な遅れをとっていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロシア誕生までの歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアは、もともとはソ連であり、１９２２年に世界最初の社会主義国として</p>
<p>　　ソ連が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連は、農業国から重化学工業国になり、経済発展をすることで、</p>
<p>　　強力な軍事力を維持していた</p>
<p>　</p>
<p>　・しかし、一党支配のもとで社会の柔軟性が無くなり、生産意欲と効率が低下してきた</p>
<p>　　※さらに、軍事技術の重工業が発達したものの、国民の生活に必要なものは</p>
<p>　　　供給が不十分だった</p>
<p>　　　→そこで、ソ連は１９８０年代の半ばから市場経済に向かい始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・市場経済へ向かうために、軍事費をおさえ、経済改革と情報公開を行い、</p>
<p>　　国内の体制の改革を始めた</p>
<p>　　＝この改革のことを、ペレストロイカという</p>
<p>　　　※この時同時に、共産党の一党独裁の廃止なども行われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・しかし、ペレストロイカの後に国の結束力が無くなるということが起きた</p>
<p>　　→その後、１９９１年のバルト３国の独立をきっかけにして、ソ連が崩壊した</p>
<p>　　　※この時に、１２の独立国が誕生した</p>
<p>　　　　＝１２の独立国の中で、最も大きかったのがロシア連邦だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシア連邦は、民主化と経済の再建のために、西側の国々との友好関係を深め、</p>
<p>　　資本や技術の導入を目指している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアの共和国の大半は、大統領制で憲法を持っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ロシアの領土と民族についておさえる</p>
<p>・ロシアの政治と経済についておさえる</p>
<p>・ロシア誕生までの歴史についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1435">ロシアについて　－領土・民族・政治・経済・歴史－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>西アジア・中央アジアの産業について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1416</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1416#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 31 Oct 2013 14:06:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[州や大陸という視点からの地域]]></category>
		<category><![CDATA[イラク戦争]]></category>
		<category><![CDATA[カスピ海]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[パイプライン]]></category>
		<category><![CDATA[ムスリム]]></category>
		<category><![CDATA[中東]]></category>
		<category><![CDATA[政治情勢]]></category>
		<category><![CDATA[第一次石油危機]]></category>

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		<description><![CDATA[西アジアと中央アジアの産業について考えてみます &#160; &#160; ・西アジアから東アジアにかけての地域（中東）の産業について &#160; &#160; 　・中東は、原油や天然ガスなどの資源に恵まれている 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1416">西アジア・中央アジアの産業について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>西アジアと中央アジアの産業について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・西アジアから東アジアにかけての地域（中東）の産業について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中東は、原油や天然ガスなどの資源に恵まれている</p>
<p>　　※西アジアの以下の地域で採掘されている</p>
<p>　　　・サウジアラビア　　・クウェート　　・アラブ首長国連邦　　・イラン　　・イラク</p>
<p>　　　・カスピ海（カスピ海の周辺の国々は、カスピ海の油田やガス田の開発に</p>
<p>　　　　　　　　　しのぎを削っている）</p>
<p>　　　　※カスピ海の周辺の国々・・アゼルバイジャン、イラン、カザフスタン、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　トルクメニスタンなど</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→西アジアの産油国は、１９７０年代から原油価格を決める主導権を握ったことで、</p>
<p>　　　急速に豊かになった</p>
<p>　　　※特に、１９７３年に起きた第一次石油危機は、原油の高騰をもたらした</p>
<p>　　　　＝その結果、非産油国の経済に大きな打撃を与え、産油国に巨額の利益をもたらした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・２００４年には、原油価格が上昇した</p>
<p>　　※なぜ、上昇したのか</p>
<p>　　　→・イラクなどの中東の情勢不安</p>
<p>　　　　・中国やインドなどの経済発展がめざましい地域で石油の需要が増えた</p>
<p>　　　　　＝そのため、産油国は再び石油資源の開発に動き始めていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、石油資源への依存を強めたため、中東地域では工業などの分野の発展が</p>
<p>　　進まなかった</p>
<p>　　※石油資源に依存することのデメリット</p>
<p>　　　→・原油や天然ガスは化石燃料であるため、いつかは枯渇してしまう</p>
<p>　　　　・原油の価格は、石油生産物を消費する国の需要に左右されやすい</p>
<p>　　　　　＝そのため中東地域は、資源の輸出によって得た利益を新しい産業に</p>
<p>　　　　　　生かしていくことが重要だとされている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中東地域の課題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・製造業の発達が遅れている</p>
<p>　　※中東は、資源をもとに石油化学工業が発達していたが、自動車などを作るよりも</p>
<p>　　　石油化学工業で得た利益で自動車などを買ったほうが合理的だったので、</p>
<p>　　　製造業の発達が遅れた</p>
<p>　　　→そこで一部の国では、観光など、石油の収入に依存するスタンスから</p>
<p>　　　　抜け出す動きが見られる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・戦争や紛争が絶えない</p>
<p>　・政治情勢が不安定</p>
<p>　・国内の政治で民主主義が発達していない</p>
<p>　　</p>
<p>　　※２００３年に起きたイラク戦争は、中東地域がテロの温床だとして、</p>
<p>　　　アメリカやイギリスなどの同盟国によって引き起こされたものだった</p>
<p>　　　→この背景には、西アジアの国々を安定させたいというアメリカの狙いがあった</p>
<p>　　　　＝しかし、結果的に中東地域のムスリムの反発を招くことになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中央アジアの国々は、ソビエト社会主義共和国連邦（ソ連）の一員だったため、</p>
<p>　　社会主義体制のもとで十分な開発投資が出来なかった</p>
<p>　　＝そのため、天然資源の開発が、今後の経済開発のポイントだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※中央アジアには、以下のような課題がある</p>
<p>　　　・ソ連時代の権力を引き継いだ独裁的な政権が多いため、政治体制が安定していない</p>
<p>　　　・ソ連時代からの古くなった石油精製施設の再建に多くの資金が必要になる</p>
<p>　　　・周辺の国々との利権争いが関わって、パイプラインによる</p>
<p>　　　　輸送ルートの建設が遅れている　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・西アジアから東アジアにかけての地域（中東）の産業をおさえる</p>
<p>・中東地域の課題についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1416">西アジア・中央アジアの産業について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>朝鮮戦争について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1324</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1324#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 11:22:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[レッドパージ]]></category>
		<category><![CDATA[仁川上陸作戦]]></category>
		<category><![CDATA[休戦会談]]></category>
		<category><![CDATA[北緯38度線]]></category>
		<category><![CDATA[安全保障理事会]]></category>
		<category><![CDATA[日本社会党]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮戦争]]></category>
		<category><![CDATA[総評]]></category>
		<category><![CDATA[警察予備隊]]></category>

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		<description><![CDATA[朝鮮戦争について考えてみます &#160; &#160; ・朝鮮戦争について &#160; &#160; 　※朝鮮半島は、冷戦の影響で南北に分断されている状況だった 　　→そこで、１９５０年６月に中国革命の成功に刺激を受 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1324">朝鮮戦争について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>朝鮮戦争について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・朝鮮戦争について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※朝鮮半島は、冷戦の影響で南北に分断されている状況だった</p>
<p>　　→そこで、１９５０年６月に中国革命の成功に刺激を受けた北朝鮮が、</p>
<p>　　　武力の統一を目指すために北緯３８度線を越えて、韓国に侵略して攻撃を始める</p>
<p>　　　という出来事が起きた</p>
<p>　　　＝この出来事を朝鮮戦争という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・北朝鮮軍は韓国のソウルという地域を占拠して、韓国をどんどん攻撃していった</p>
<p>　　→しかし、アメリカ軍が国連軍ということで朝鮮戦争に介入した結果、</p>
<p>　　　北朝鮮軍の勢力を弱らせることに成功した</p>
<p>　　　※北朝鮮への武力による制裁は、ソ連がいない状態での国連の安全保障理事会で</p>
<p>　　　　決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５０年９月にアメリカ軍は、仁川上陸作戦という作戦をきっかけにして</p>
<p>　　北緯３８度線を越えて、中国の国境に近づくという出来事が起きた</p>
<p>　　→このようなアメリカの行動に対して、中国人民義勇軍という軍が北朝鮮側について</p>
<p>　　　戦争に参加した</p>
<p>　　　＝そのため、戦争が北緯３８度線の近くで、ダラダラと続いてしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※この時の戦争の状況について、国連軍のトップだったマッカーサーは、</p>
<p>　　　　戦争に動きを見せるために中国の東北地方を爆撃するべきだと主張していた</p>
<p>　　　　→この主張に対して、当時のアメリカ大統領だったトルーマンという人は、</p>
<p>　　　　　爆撃によって戦争が広がるのを恐れて、マッカーサーを国連軍のトップから降ろした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>　→１９５１年の７月から朝鮮戦争の休戦会談という会談が始まった</p>
<p>　　＝そして、１９５３年７月に板門店というところで休戦協定が調印された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮戦争が始まった時に、日本にいるアメリカ軍の人が朝鮮戦争のために呼ばれて、</p>
<p>　　朝鮮に向かった</p>
<p>　　→その時に、アメリカ軍が日本からいなくなることで、日本の軍事が弱くなってしまうと</p>
<p>　　　ＧＨＱが考えた</p>
<p>　　　＝そこでＧＨＱは、日本に指令を出して警察予備隊という機関を作らせた</p>
<p>　　　　※当時は、元軍人の公職追放が無くなっていき、元軍人が警察予備隊に</p>
<p>　　　　　採用されていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※警察予備隊・・日本の治安維持と防衛を行った機関のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・この後ＧＨＱは、日本共産党の幹部の公職追放を指令して、共産主義の人達を追放する</p>
<p>　　ということを行った</p>
<p>　　＝共産主義の人達を追放することを、レッドパージという</p>
<p>　　　※レッドパージは、後にマスコミ、民間企業、官公庁などにも広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・労働運動については、左派の産別会議の勢いが弱くなってきた</p>
<p>　　→そこで、１９５０年に、産別会議に反対する人達が、ＧＨＱの後押しもあって、</p>
<p>　　　日本労働組合総評議会（総評）という組織を作った</p>
<p>　　　＝総評は、労働運動の主導権を握ったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※総評は、後に起きた講和問題というのをきっかけに考え方を変えた</p>
<p>　　　→その結果、日本社会党と手を組んで、アメリカに反抗的な態度を取る姿勢を見せた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・朝鮮戦争の内容と、それによる影響を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1324">朝鮮戦争について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>ソ連の崩壊について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1074</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1074#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 18:55:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[トクホンクリーム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[現代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[エリツィン]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連の崩壊]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連共産党]]></category>
		<category><![CDATA[バルト３国]]></category>
		<category><![CDATA[プーチン]]></category>
		<category><![CDATA[ロシア連邦]]></category>
		<category><![CDATA[独立国家共同体]]></category>
		<category><![CDATA[ＣＩＳ]]></category>

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		<description><![CDATA[ソ連の崩壊について考えてみます &#160; &#160; ・ソ連の崩壊について &#160; &#160; 　・ソ連の国内外の急激な改革は、バルト３国をはじめとするソ連内の 　　民族独立運動を呼び起こした &#160; [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1074">ソ連の崩壊について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ソ連の崩壊について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ソ連の崩壊について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連の国内外の急激な改革は、バルト３国をはじめとするソ連内の</p>
<p>　　民族独立運動を呼び起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９９１年８月に、連邦体制の維持を目指す保守派のクーデタが</p>
<p>　　失敗するということが起きた</p>
<p>　　→すると、ウクライナやアゼルバイジャンなどほとんどの共和国が</p>
<p>　　　連邦からの離脱を宣言した</p>
<p>　　　＝その結果、ソ連全体を結んでいたソ連共産党も解散した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９９１年１２月に、エリツィンという人を大統領とするロシア連邦を中心にして、　</p>
<p>　　ウクライナやベラルーシなど１１の共和国の独立国家共同体（ＣＩＳ）が結成された</p>
<p>　　＝この動きによって、ソ連は解体され、ゴルバチョフも辞任した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、それぞれの共和国は自立の傾向を強めている</p>
<p>　　※しかし、エネルギー資源を持つ国以外は、</p>
<p>　　　ロシアの石油や天然ガスに依存する国も多かった</p>
<p>　　　＝そのため、独立国家共同体の将来が今でも不透明だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアでは、１９９６年にエリツィンが大統領に再選された</p>
<p>　　※しかし、ロシアの市場経済への移行が遅れ、政治が不安定だった</p>
<p>　　　→そのため、多くの問題が解決しないまま、１９９９年の終わりにエリツィンが辞任した</p>
<p>　　　　＝その結果、２０００年の選挙でプーチンという人が後継者になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ソ連の崩壊についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1074">ソ連の崩壊について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ソ連の「雪どけ」とその後の各国の動きについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1058</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1058#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 17:06:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後世界史・冷戦・第三世界]]></category>
		<category><![CDATA[キューバ危機]]></category>
		<category><![CDATA[コミンフォルム]]></category>
		<category><![CDATA[スターリン]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[ナジ＝イムレ]]></category>
		<category><![CDATA[フルシチョフ]]></category>
		<category><![CDATA[ベルリンの壁]]></category>
		<category><![CDATA[ホットライン]]></category>
		<category><![CDATA[雪どけ]]></category>

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		<description><![CDATA[ソ連の「雪どけ」とその後の各国の動きについて考えてみます &#160; &#160; ・ソ連の「雪どけ」について &#160; &#160; 　・１９５３年に、スターリンが死ぬということが起きた 　　→すると、ソ連は外交 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1058">ソ連の「雪どけ」とその後の各国の動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ソ連の「雪どけ」とその後の各国の動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ソ連の「雪どけ」について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５３年に、スターリンが死ぬということが起きた</p>
<p>　　→すると、ソ連は外交政策を見直して、１９５５年にユーゴスラヴィアと和解し、</p>
<p>　　　西ドイツとの国交が回復した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５６年２月のソ連共産党第２０回大会で、フルシチョフ第一書記が、</p>
<p>　　スターリン体制の下での指導者の崇拝と、不法な処刑や抑圧を批判した</p>
<p>　　※この批判を、スターリン批判という</p>
<p>　　　＝この結果フルシチョフは、自由化の方向へ向かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後ソ連は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・資本主義国との平和共存を表明した</p>
<p>　　　・東西間の緊張緩和政策を表明した</p>
<p>　　　・コミンフォルムを解散した</p>
<p>　　</p>
<p>　　＝これら一連のソ連の転換を「雪どけ」という</p>
<p>　　　※「雪どけ」は、東欧の社会主義の国々に驚きを与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「雪どけ」後の各国の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ポーランドでは、１９５６年６月に、ポズナニというところで</p>
<p>　　生活の改善と民主化を目指す民衆と、軍や警察とが衝突した</p>
<p>　　＝そこで共産党は、指導者をゴムウカに交替させて、自由化路線をとった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５６年１０月にハンガリーで、社会主義体制とソ連からの離脱を求める大衆行動が</p>
<p>　　全国的に広がった</p>
<p>　　→ソ連は、この動きを軍事介入によって武力で鎮圧した</p>
<p>　　　※この時に首相のナジ＝イムレという人が処刑された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東ドイツで、１９５０年代の終わりに農業の集団化が進められた</p>
<p>　　→すると、東ベルリンから西側に脱出する人々が増えた</p>
<p>　　　＝そのため、１９６１年に東西ベルリンの境界に壁を作って、脱出を阻止した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５８年に第一書記と首相を兼任したフルシチョフが経済改革を実行した</p>
<p>　　→そこでフルシチョフは、大陸間弾道ミサイルの開発と１９５７年の世界最初の</p>
<p>　　　人工衛星の成功を背景に、アメリカ合衆国との直接対話を進めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９５９年にフルシチョフは、アメリカに訪問して、</p>
<p>　　　アイゼンハウアー大統領と会談した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６２年に、ソ連がキューバにミサイルを配備した</p>
<p>　　→すると、アメリカ合衆国がソ連のミサイルの配備の撤去を要求して、</p>
<p>　　　海上封鎖を行った</p>
<p>　　　＝その結果、世界がアメリカとソ連の軍事的な衝突の危機に対して</p>
<p>　　　　緊張する状態になった</p>
<p>　　　　※この時のアメリカとソ連の危機を、キューバ危機という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ソ連は、キューバの革命政権を維持することを条件にミサイルを撤去した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→さらに、１９６３年に、アメリカとソ連との間で偶然戦争が起きることを防ぐために、</p>
<p>　　　アメリカとソ連との間でホットライン（直通回線）が設置された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ソ連の「雪どけ」までの流れについておさえる</p>
<p>・「雪どけ」の後の各国の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1058">ソ連の「雪どけ」とその後の各国の動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>独ソ戦について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1048</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1048#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 11:12:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[アウシュヴィッツ]]></category>
		<category><![CDATA[コミンテルン]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ]]></category>
		<category><![CDATA[パルチザン]]></category>
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		<category><![CDATA[独ソ不可侵条約]]></category>

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		<description><![CDATA[独ソ戦について考えてみます &#160; &#160; ・独ソ戦について &#160; &#160; 　・１９４１年６月に、ドイツは独ソ不可侵条約を無視して、 　　イタリア、ルーマニア、フィンランドと一緒にソ連を奇襲攻撃 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1048">独ソ戦について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>独ソ戦について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・独ソ戦について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４１年６月に、ドイツは独ソ不可侵条約を無視して、</p>
<p>　　イタリア、ルーマニア、フィンランドと一緒にソ連を奇襲攻撃した</p>
<p>　　＝この奇襲攻撃をきっかけに、独ソ戦が始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ドイツ軍は、１９４１年の年末にモスクワにせまった</p>
<p>　　→この動きに対して、ソ連軍は大きな損害を出しながらも押し返した</p>
<p>　　　＝この時をきっかけに、ソ連はイギリスと同盟を結んだ</p>
<p>　　　　※１９４３年には、イギリスやアメリカなどとの協調を深めるために、</p>
<p>　　　　　コミンテルンを解散した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・短期戦に失敗したドイツは、戦争の経済を支えるために、以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・東ヨーロッパと西ヨーロッパの占領地から工業資源や食料を奪った</p>
<p>　　　・数百万の外国人をドイツに連れてきて、強制労働をさせた</p>
<p>　　　・支配地域にも人種主義政策を強制した</p>
<p>　　　・多くのアウシュヴィッツなどの強制収容所で殺害した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ただし、当時はドイツの支配に反抗して、各地でレジスタンスや</p>
<p>　　　武装抵抗運動（パルチザン）が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・独ソ戦の流れと内容についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1048">独ソ戦について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>ソ連のスターリン体制について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1044</link>
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		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 10:44:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[スターリン]]></category>
		<category><![CDATA[スターリン体制]]></category>
		<category><![CDATA[スターリン憲法]]></category>
		<category><![CDATA[ソ連]]></category>
		<category><![CDATA[ファシズム]]></category>
		<category><![CDATA[反ファシズム人民戦線]]></category>
		<category><![CDATA[社会主義]]></category>
		<category><![CDATA[第２次五カ年計画]]></category>
		<category><![CDATA[資本主義]]></category>

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		<description><![CDATA[ソ連のスターリン体制について考えてみます &#160; &#160; ・ソ連のスターリン体制について &#160; &#160; 　・ソ連は、資本主義との関わりが少なく、世界恐慌の影響を受けずに社会主義の土台を作った 　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1044">ソ連のスターリン体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ソ連のスターリン体制について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ソ連のスターリン体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連は、資本主義との関わりが少なく、世界恐慌の影響を受けずに社会主義の土台を作った</p>
<p>　　※そのため、ソ連の社会主義は資本主義の国々からも注目された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ただし、ソ連のスターリンという人は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・昔からの有力指導者を含め、スターリンの反対派とみなした人々に根拠のない罪を負わせた</p>
<p>　　　・大量に処刑や投獄をすることで、独裁的に権力をふるった</p>
<p>　　　　→これらの動きによって、スターリンの個人崇拝を強めていった</p>
<p>　　　　　＝そのため、この時期のソ連の体制をスターリン体制という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連では、１９３３年に第２次五カ年計画では、国民の生活の向上への配慮がされた</p>
<p>　　→そのため、１９３６年にスターリン憲法が出された</p>
<p>　　　※しかし、憲法に書かれた信教の自由や民族間の平等などはほとんど守られなかった</p>
<p>　　　　＝そのため、共産党の一党支配が続いていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソ連は、国際社会への参加を積極的に行ない、１９３４年には国際連盟に加盟した</p>
<p>　　※一方で、日本やドイツのファシズムの国家と戦う姿勢を見せた</p>
<p>　　※１９３５年に、コミンテルンの反ファシズム人民戦線の結成を発表した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ソ連のスターリン体制についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1044">ソ連のスターリン体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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