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	<title>アラエス &#187; 高度成長</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>日本の経済の歴史について②　－高度成長と石油危機－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1848</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1848#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 12:41:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済史]]></category>
		<category><![CDATA[「もはや戦後ではない」]]></category>
		<category><![CDATA[スタグフレーション]]></category>
		<category><![CDATA[ニクソンショック]]></category>
		<category><![CDATA[マイナス成長]]></category>
		<category><![CDATA[日本経済史]]></category>
		<category><![CDATA[石油危機]]></category>
		<category><![CDATA[第四次中東戦争]]></category>
		<category><![CDATA[都市問題]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長]]></category>
		<category><![CDATA[ＯＰＥＣ]]></category>

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		<description><![CDATA[日本経済の歴史について、高度成長と石油危機の部分から考えてみます &#160; &#160; ・高度経済成長について &#160; 　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1848">日本の経済の歴史について②　－高度成長と石油危機－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本経済の歴史について、高度成長と石油危機の部分から考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた</p>
<p>　　※特に、１９５５年から１９７３年の石油危機までは、平均１０％前後の成長をして、</p>
<p>　　　この期間にＧＮＰが約６倍になった</p>
<p>　　　→高度経済成長については、１９５６年度の「経済白書」というもので、</p>
<p>　　　　「もはや戦後ではない」と宣言されたことから、確認された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長を引き起こしたポイントは何だったのか</p>
<p>　→高度成長のポイントは、間接的なものと直接的なものがあったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・間接的な要因</p>
<p>　　</p>
<p>　　・戦後から政治や経済の制度を改革していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・安くて質の高い労働力が多かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本国民の貯蓄の意識が高かった</p>
<p>　　　（日本の国民は、世界と比べても、所得の中から貯金をする割合が高い）</p>
<p>　</p>
<p>　　・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制という体制の中で、自由貿易が行われた</p>
<p>　　・世界全体も景気が良かった</p>
<p>　　・原油の価格が安定していた</p>
<p>　　　→国際という面での経済の状態が良かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・直接的な要因</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・企業が設備への投資を大量に行っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・産業ごとに、様々な利益を狙うようになっていった　etc</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１９７０年代の日本経済について</p>
<p>　→１９７０年代から、日本の成長の勢いが弱まってきた</p>
<p>　　＝勢いが弱まるきっかけになった出来事として、</p>
<p>　　　１９７１年８月のニクソンショックという出来事がある</p>
<p>　　　※ニクソンショック（ドルショック）・・アメリカが金とドルの交換を停止する</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　という出来事のこと</p>
<p>　　　　→ニクソンショックによって、１ドル＝３６０円から、</p>
<p>　　　　　１ドル＝３０８円に切り上げられた（円高になった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・決定的に高度経済成長を止めた原因は、</p>
<p>　　１９７３年の石油危機（第一次石油危機）だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９７３年に第四次中東戦争という戦争が発生し、</p>
<p>　　　その時にＯＰＥＣ（石油輸出国機構）というところが石油の値段を約４倍に引き上げた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※石油危機の影響で、日本はスタグフレーションとなった</p>
<p>　　　・スタグフレーション・・不況と物価上昇が同時に起きること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※第一次石油危機が原因で、１９７４年に日本は、戦後初めてのマイナス成長となった</p>
<p>　　　・マイナス成長・・実質GDPが前年度の実質GDPを下回ること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９７９年にも石油危機（第二次石油危機）が起き、</p>
<p>　　　１９８０年代前半までの年平均成長率は４．１％になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、日本政府は経済成長のために産業を優先したので、</p>
<p>　　この動きが公害問題、都市問題などを引き起こした</p>
<p>　　※都市問題・・地域が都市化することによって発生する問題のこと　（環境の破壊など）</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1848">日本の経済の歴史について②　－高度成長と石油危機－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1734</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1734#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:15:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本経済]]></category>
		<category><![CDATA[「投資が投資を呼ぶ」]]></category>
		<category><![CDATA[所得倍増計画]]></category>
		<category><![CDATA[消費革命]]></category>
		<category><![CDATA[経常収支]]></category>
		<category><![CDATA[規模の利益]]></category>
		<category><![CDATA[貯蓄優遇税制]]></category>
		<category><![CDATA[資本自由化]]></category>
		<category><![CDATA[集積の利益]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制]]></category>

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		<description><![CDATA[高度経済成長期の日本経済の歴史について考えてみます &#160; &#160; ・高度経済成長について &#160; 　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた 　　※特に、１ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1734">高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>高度経済成長期の日本経済の歴史について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた</p>
<p>　　※特に、１９５５年から１９７３年の石油危機までは、平均１０％前後の成長をして、</p>
<p>　　　この期間にＧＮＰが約６倍になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長を引き起こしたポイントは何だったのか</p>
<p>　→高度成長のポイントは、間接的なものと直接的なものがあったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・間接的な要因</p>
<p>　　</p>
<p>　　・戦後から政治や経済の制度を改革していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・安くて質の高い労働力が多かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本国民の貯蓄の意識が高かった</p>
<p>　　　（日本の国民は、世界と比べても、所得の中から貯金をする割合が高い）</p>
<p>　</p>
<p>　　・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制という体制の中で、自由貿易が行われた</p>
<p>　　・世界全体も景気が良かった</p>
<p>　　・原油の価格が安定していた</p>
<p>　　　→国際という面での経済の状態が良かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・直接的な要因</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・企業が設備への投資を大量に行っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※なぜ設備への投資が積極的に行われていたのか</p>
<p>　　　　・様々な分野で、アメリカやヨーロッパの技術が取り入れられるようになり、</p>
<p>　　　　　企業どうしで、設備の投資へ競争をする、といったような状態が起きた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・「投資が投資を呼ぶ」と言われ、一つの産業への投資が、</p>
<p>　　　　　　他の産業への投資を促進する結果となった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・「消費革命」という言葉が生まれたほどの消費がされたことによって、</p>
<p>　　　　　大量消費社会という社会になった</p>
<p>　　　　　→結果的に投資によるメリットや効果が高まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・産業によって、様々な利益を狙うようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・鉄鋼、機械、自動車、電気機器などの産業</p>
<p>　　　　→設備を大きくすること、工程を一貫したものにすることが進められ、</p>
<p>　　　　　「規模の利益」が追求されるようになった</p>
<p>　　　　※規模の利益・・設備の規模を大きくすることで、商品１つあたりの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　生産コストが小さくなり、企業の収入が増えることを狙った利益のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・石油化学の産業</p>
<p>　　　　→コンビナートというのが、様々な場所で作られ、それに関連する産業を集めるという、</p>
<p>　　　　　「集積の利益」が追求されるようになった</p>
<p>　　　　※集積の利益・・生産を一定の地域に集まって行うことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　流通や移動のコストを削ることができ、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　そこを削ることによって生まれる利益のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　→集積の利益は、集積する産業が多すぎると、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　土地代が上がったり、混雑したりして、逆効果を生む可能性がある</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　＝このことを、集積の不利益と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→規模の利益と集積の利益も、設備投資の拡大を引き起こすポイントだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長の時の世界と日本の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界との動き</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・貿易、為替の自由化が展開され、日本は１９６３年にＧＡＴＴ１１条国、</p>
<p>　　　６４年にＩＭＦ８条国に指定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・ＧＡＴＴ１１条国・・国際収支（海外との取引による収支）の悪化が理由で、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　輸入の量を制限することができない国のこと</p>
<p>　　　・ＩＭＦ８条国・・国際収支の悪化が理由で、為替を制限することができない国のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本が１９６４年にＯＥＣＤ（経済協力開発機構）に加盟して、</p>
<p>　　　６７年に資本の自由化を行った</p>
<p>　　　※資本自由化・・国際間での資本移動を自由にする動きのこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※日本は、戦後から資本自由化までは、外貨法と為替管理法という法律によって、</p>
<p>　　　　国際間の資本の取り引きを制限していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の動き</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本政府が、池田勇人首相のもと、所得倍増計画という計画を出し、</p>
<p>　　　経済成長を積極的に目指していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※所得倍増計画の例</p>
<p>　　　　・金融面・・財政投融資の資金が、重要な産業に多く貸しつけられるようになった</p>
<p>　　　　・財政面・・高度経済成長の時に、ドッジ・ラインに基づく、</p>
<p>　　　　　　　　　　均衡財政主義（収入と支出を同じにする）というのが取られた</p>
<p>　　　　　　　　　　</p>
<p>　　　　※しかし、この時に・・</p>
<p>　　　　　→・支出の配分について、公共投資の部分を多くした</p>
<p>　　　　　　・企業や家計が貯蓄をするように、貯蓄優遇税制という制度を作った</p>
<p>　　　　　　　→このような動きが、さらなる経済成長へとつながっていった</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→日本は、以上のようにして経済成長をして、時々不況になったことはあったものの、</p>
<p>　　　神武景気、岩戸景気、オリンピック景気、いざなぎ景気、などの景気を経験してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の高度経済成長期を、大きな視点で見ると、どうだったのか</p>
<p>　→高度経済成長期の前半と後半で違った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・前半・・経常収支は、基本的に赤字だった</p>
<p>　　　　　　景気が良くなれば、輸入も増えたが、赤字を減らさなければいけないので、</p>
<p>　　　　　　仕方なく好景気を押さえる動きになった</p>
<p>　　　　　　＝このような状態は、国際収支の天井と言われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・後半・・経常収支が常に黒字になる状態となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・高度経済成長の間接的なポイントと直接的なポイントをそれぞれ押さえる</p>
<p>・規模の利益と集積の利益を押さえる</p>
<p>・高度成長の時の、世界との動き、日本の中での動きを押さえる</p>
<p>・高度成長を、マクロの視点で見た概要を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1734">高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>高度成長・平成時代を時系列でまとめてみた</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1504</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1504#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 Nov 2013 13:21:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[まとめさん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[まとめ]]></category>
		<category><![CDATA[平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[日本史]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長]]></category>

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		<description><![CDATA[まとめてみました &#160; &#160; ・冷戦の動きと世界の様子について &#160; &#160; ・独立した後の日本の動きについて &#160; &#160; ・55年体制について　－55年体制前後の動き－ &#038; [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1504">高度成長・平成時代を時系列でまとめてみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>まとめてみました</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1332" target="_blank">冷戦の動きと世界の様子について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1333" target="_blank">独立した後の日本の動きについて</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1334" target="_blank">55年体制について　－55年体制前後の動き－</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1335" target="_blank">安保条約と安保闘争について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1336" target="_blank">保守政権の時代について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1337" target="_blank">特需と経済復興について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1338" target="_blank">高度経済成長について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1339" target="_blank">消費革命とそれを取り巻く社会の様子について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1340" target="_blank">高度経済成長の弊害と問題点について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1341" target="_blank">ドル＝ショックについて</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1342" target="_blank">高度成長の終了と保守政権の乱れについて</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1343" target="_blank">日本の経済大国への成長について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1344" target="_blank">冷戦と内戦について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1345" target="_blank">55年体制の崩壊について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1346" target="_blank">バブル経済と平成不況について</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・<a href="http://ahlaes.com/post/1347" target="_blank">近年の日本の様子と日本国内の政治について</a></p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1504">高度成長・平成時代を時系列でまとめてみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>高度成長の終了と保守政権の乱れについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1342</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1342#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 17:58:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[ロッキード事件]]></category>
		<category><![CDATA[三木武夫]]></category>
		<category><![CDATA[中曽根康弘]]></category>
		<category><![CDATA[大平正芳]]></category>
		<category><![CDATA[消費税]]></category>
		<category><![CDATA[田中角栄]]></category>
		<category><![CDATA[福田赳夫]]></category>
		<category><![CDATA[竹下登]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木善幸]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長]]></category>

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		<description><![CDATA[高度成長の終了と保守政権の乱れについて考えてみます &#160; &#160; ・高度成長の終了について &#160; 　・佐藤栄作内閣が終了した後、１９７２年に田中角栄という人を首相とした内閣が誕生した 　　 &#038;nbs [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1342">高度成長の終了と保守政権の乱れについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>高度成長の終了と保守政権の乱れについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度成長の終了について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・佐藤栄作内閣が終了した後、１９７２年に田中角栄という人を首相とした内閣が誕生した</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・田中角栄内閣の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・田中角栄首相は自分が中国に訪問して、日中共同声明を発表して、</p>
<p>　　　日中国交正常化を実現した</p>
<p>　　　※日本側が、戦争での加害責任を認め、反省する態度を見せた上で、</p>
<p>　　　　日本と中国の「不正常な状態」の終了をお互いに認め、</p>
<p>　　　　日本は中国を「中国で唯一の合法政府」と認めた</p>
<p>　　　　＝この結果、日本と台湾の国民政府との外交関係は途切れてしまった</p>
<p>　　　　　→しかし、民間レベルでは貿易などで密接な関係が続いている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・田中角栄内閣は、列島改造政策を打ち出した</p>
<p>　　　※列島改造政策・・太平洋ベルトに集まっていた産業を全国の地方都市に分散させて、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　それぞれの地域を高速道路と新幹線で結ぶという政策のこと</p>
<p>　　　　→この政策に刺激されて土地の投機が生じ、石油危機による原油価格の上昇によって</p>
<p>　　　　　激しいインフレが起きた</p>
<p>　　　　　＝このインフレを狂乱物価という</p>
<p>　</p>
<p>　　・田中角栄内閣は、狂乱物価の時に金融の引き締めを行ったが、</p>
<p>　　　インフレは結局止まらず、深刻な不況になってしまった</p>
<p>　　　→そのため、１９７４年には戦後初のマイナス成長になってしまい、</p>
<p>　　　　次の年からも２～５％の低成長で止まってしまった</p>
<p>　　　　＝このような流れを受けて、高度経済成長は終了してしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・保守政権の乱れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・狂乱物価の中で、生活用品の買いだめや品不足などが生じたため、</p>
<p>　　生活に対する不安を抱える人が増えた</p>
<p>　・一方で、田中角栄首相の政治資金の調達に関する疑惑（金脈問題）が</p>
<p>　　明るみに出てきてしまった</p>
<p>　　→そのため、１９７４年の終わりに田中角栄内閣が総辞職をした</p>
<p>　　→その後は、三木武夫という人による内閣が誕生した</p>
<p>　　　※三木武夫内閣は「クリーンな政治」という目標をかかげた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、上のような流れの後、１９７６年にアメリカのロッキード社の</p>
<p>　　　航空機売り込みに関する収賄容疑で田中角栄元首相が逮捕される</p>
<p>　　　という出来事が起きた</p>
<p>　　　＝この出来事をロッキード事件という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→以上のように、様々なことが起きたため、与党の内部で派閥抗争が激しくなっていった</p>
<p>　　　※このような状況で総選挙が行われたが、自由民主党が結党してから</p>
<p>　　　　初めて衆議院の過半数を割り込んでしまった</p>
<p>　　　　→この責任を取って、三木武夫は辞任した</p>
<p>　　　　　＝三木武夫に代わって、福田赳夫という人が首相になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・福田赳夫内閣は、内需拡大を提唱して、貿易黒字の問題や円高不況などを対処した</p>
<p>　　さらに、１９７８年に日中平和友好条約を結ぶことに成功した</p>
<p>　　→しかし、福田赳夫首相は自民党総裁選挙に敗れて大平正芳内閣に交代してしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・大平正芳内閣は、国会での「保革伯仲」と与党の内部での争いが続く状況と戦っていた</p>
<p>　　→その状況で、第２次石油危機に対処して、財政再建を目指した</p>
<p>　　　※しかし、１９８０年の選挙運動の時に、大平正芳首相が急死してしまった</p>
<p>　　　　＝この直後の衆参同日選挙で自民党が安定して多数の票を獲得し、</p>
<p>　　　　　鈴木善幸という人の内閣が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※低成長の経済が定着する状況で、国民の間で現状維持と個人の生活の安定を願う</p>
<p>　　　という保守的な雰囲気が強まってきていた</p>
<p>　　　→このような状況で、革新自治体は放漫財政や社民党と共産党の</p>
<p>　　　　反発や離脱があり、どんどん消えていってしまった</p>
<p>　　　　※特に、１９７８年から１９７９年については、京都、大阪、東京の知事選で</p>
<p>　　　　　革新系が敗北した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の政府では、１９８２年に中曽根康弘という人が内閣を担当するようになった</p>
<p>　　→中曽根康弘内閣は以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・日本、アメリカ、韓国の関係を密接にしようとした</p>
<p>　　　・防衛費の増額を考えた</p>
<p>　　　・新自由主義の世界的な風潮の中で、「戦後政治の総決算」と提唱して、</p>
<p>　　　　行財政改革を推進した</p>
<p>　　　・老人医療や年金などの社会保障を弱めた</p>
<p>　　　・電電公社（現在のＮＴＴ）、国鉄（現在のＪＲ）、専売公社（現在のＪＴ）を</p>
<p>　　　　民営化させた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　　※１９８６年の総選挙で自民党は勝ったが、中曽根内閣は財政再建のための</p>
<p>　　　　　大型間接税の導入を果たすことができず、１９８７年に内閣を退陣してしまった</p>
<p>　　　　　→結果的に、大型間接税は次の内閣である竹下登内閣が消費税という形で実現した</p>
<p>　　　　　　＝消費税は１９８９年からスタートした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・高度成長の終了までの流れをおさえる</p>
<p>・保守政権の動揺を中心とした当時の日本の政治の様子をおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1342">高度成長の終了と保守政権の乱れについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>アメリカの繁栄・西欧と日本の復興の動きについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1059</link>
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		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 17:12:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後世界史・冷戦・第三世界]]></category>
		<category><![CDATA[シューマン＝プラン]]></category>
		<category><![CDATA[タフト・ハートレー法]]></category>
		<category><![CDATA[国際連合]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮戦争]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮特需]]></category>
		<category><![CDATA[赤狩り]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長]]></category>
		<category><![CDATA[５５年体制]]></category>
		<category><![CDATA[ＥＣ]]></category>
		<category><![CDATA[ＥＦＴＡ]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカの繁栄・西欧と日本の復興の動きについて考えてみます &#160; &#160; ・アメリカの繁栄について &#160; &#160; 　・第二次大戦後のアメリカでは、自分の国の軍事や経済力の自信を背景に、ソ連に対 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1059">アメリカの繁栄・西欧と日本の復興の動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>アメリカの繁栄・西欧と日本の復興の動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アメリカの繁栄について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次大戦後のアメリカでは、自分の国の軍事や経済力の自信を背景に、ソ連に対抗して</p>
<p>　　アメリカが国際社会を引っ張っていくことが大切だという考え方が強くなっていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカ国内では、１９４７年にワグナー法の代わりに、労働組合活動を制約する</p>
<p>　　タフト・ハートレー法が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、アメリカの中で、ソ連の原爆保有や朝鮮戦争の長期化に対して</p>
<p>　　いらだちが強まってきた</p>
<p>　　→すると、左翼運動や共産主義の考え方を追及する動きが出てきた</p>
<p>　　　＝この動きを赤狩り（マッカーシズム）という</p>
<p>　　　　※赤狩り・・共和党の上院議員のマッカーシーという人が知識人や公務員の</p>
<p>　　　　　　　　　　思想活動の先頭に立ったこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５２年の大統領選挙で当選した共和党のアイゼンハウアーという人は、</p>
<p>　　冷戦の枠組みを維持しつつ、朝鮮戦争を終わらせ、ソ連との対話を</p>
<p>　　進めていこうとした</p>
<p>　　※この時に、アメリカ経済は安定して成長を続けた</p>
<p>　　　→この経済成長につれて、今まで繁栄の影で差別を受けていた黒人の中から、</p>
<p>　　　　平等な公民権を求める運動が広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・西欧と日本の復興の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西ヨーロッパの国々は、マーシャル＝プランの効果による経済の回復が著しかった</p>
<p>　　※そのため、西ヨーロッパの国々は、１９５０年～１９７０年の２０年間は</p>
<p>　　　高い経済成長率が続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西ヨーロッパでは、第一次と第二次の世界大戦の反省を土台にして</p>
<p>　　経済を復興させるために、エネルギー資源や工業資源を共同で管理して、</p>
<p>　　アメリカとソ連の対立を防止しようとする考えが出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５２年に、フランスのシューマン外相の提案（シューマン＝プラン）によって、</p>
<p>　　フランス、イタリア、西ドイツ、ベネルクス３国は</p>
<p>　　ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体（ＥＣＳＥ）を発足させた</p>
<p>　　→この動きは、ソ連社会主義圏との対立にも促された　　　</p>
<p>　　　＝そのため、１９５８年には、ヨーロッパ経済共同体（ＥＥＣ）、</p>
<p>　　　　ヨーロッパ原子力共同体（ＥＵＲＡＴＯＭ）の設立へと発展していった</p>
<p>　　　　※この動きの後に、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　　・関税の相互の引き下げ</p>
<p>　　　　　・共同の商業政策や農業政策</p>
<p>　　　　　・資本や労働力の移動の自由化　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→１９６７年に、ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体、ヨーロッパ経済共同体、</p>
<p>　　ヨーロッパ原子力共同体の３つの共同体が合併して、ヨーロッパ共同体（ＥＣ）となり、</p>
<p>　　西ヨーロッパ統合の基礎が作られていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フランスでは、１９５８年に、第四共和政がアルジェリア独立問題を解決できずに倒れ、</p>
<p>　　第五共和政が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・大統領になったド＝ゴールは、アルジェリアの独立を認めると同時に、</p>
<p>　　フランスを第４の核保有国にした</p>
<p>　　→これに加えて、１９６４年に中国を承認し、１９６６年にＮＡＴＯへの</p>
<p>　　　軍事協力を拒否した</p>
<p>　　　※ド＝ゴールは、アメリカとソ連との間で、独自の立場を主張した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西ドイツは、アデナウアーという人のもとで、「奇跡」と呼ばれた経済成長をとげた</p>
<p>　　→そして、１９６６年の選挙の結果、キリスト教民主同盟などに</p>
<p>　　　社会民主党を加えた大連合政府が成立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスは、ＥＥＣに参加せず、１９６０年にヨーロッパ自由貿易連合（ＥＦＴＡ）を</p>
<p>　　結成して対抗した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６４年の選挙で労働党が勝利してウィルソン内閣が成立した</p>
<p>　　→すると、スエズ以東からの撤兵を決めた</p>
<p>　　　※これに加えて、経済危機からポンドの切り下げを実行した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、朝鮮戦争が起きてから、国連軍への物資の供給を引き受け</p>
<p>　　鉱工業の生産を飛躍的に発展させた</p>
<p>　　※この時の、国連軍への物資の供給を引き受けによる、日本の景気向上を</p>
<p>　　　朝鮮特需という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５５年に自由民主党が出来て、その後から長期にわたって政権を握る体制が出来た</p>
<p>　　※この時に出来た体制を５５年体制という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５６年に、ソ連との国交を回復し、国際連合に加盟したことで、国際社会に復帰した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６０年に日米相互協力および安全保障条約が改定された</p>
<p>　　→この時に、日米間のつながりが強くなった</p>
<p>　　　※しかし、国内では改定をめぐって激しい対立が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６０年代の高度経済成長を経て、日本は先進工業国の一員にになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６０年代の終わりには、フランスや西ドイツなどの西ヨーロッパの先進国や日本で、</p>
<p>　　戦後の政治や社会の制度と、経済成長によって変わった社会とのズレを</p>
<p>　　批判した学生運動や労働運動が広がった　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６９年には、フランスのド＝ゴールが退陣した</p>
<p>　　→その後、西ドイツで戦後はじめて、社会民主党のブラントを</p>
<p>　　　首相とする政府が成立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・アメリカの繁栄についておさえる</p>
<p>・西欧と日本の復興の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1059">アメリカの繁栄・西欧と日本の復興の動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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